第253話 勝家の一門(4)室の座③

文字数 992文字

 信長の妹達幾人かは、
様々な理由で嫁ぎ先を離れ、
実家に身を寄せていた。  
 話題が出た時の岐阜城は、
於市と於犬が戻っていたが、
犬は子を成した間柄の夫を長島一向一揆征圧戦で喪い、
次に幕府の管領であった細川昭元に嫁ぐことが
決まっていたので、
信長の妹で独り身といえば、
この時は市を指すに他ならなかった。
 
 市、犬とも美貌は世に聞こえており、
年齢的にもこの二人なら勝家の横に置いて、
特段の違和はなかった。
 事実、犬の再婚相手、
細川昭元は年下で、
ならば、いっそ勝家が相手であっても
釣り合いは悪くなかった。
 
 犬の縁談を取り仕切ったのは秀吉だった。
 信長は犬の姉である市を昭元の(つま)に考えぬでもなかったが、
長島での勝ち戦で夫が討死した犬と、
兄に婚家を滅ぼされた市では境遇に違いがあって、
小谷(おだに)城 浅井家を攻めた張本人、秀吉の、
尚早の再嫁は市が哀れに過ぎるという言上があり、
その勧めるまま、犬が昭元の正室となった。
 
 市であれ犬であれ、信長は、
武家社会の名峰である管領家に妹を嫁がせ、
義兄という地位を手にする為の閨閥であり、
市の娘三人を織田家の姫として
何不自由なくさせているのも情けと共に、
戦国大名の(ことわり)が為せるものではあった。
 茶々、初、(ごう)の三姫は、
いったん信長が引き取ったからには、
織田家の姫君として相応の嫁ぎ先が待っている。

 「しかるに上様が仰せのとおり、
庄助殿や寵愛の御小姓が如何に優れていようとも、
子は生まれませぬ故、
やはり上様の一声で、
どなたかふさわしい姫君をお世話して差し上げるのが、
柴田様の為ではございませぬか」

 と言ったのは、
この頃は仙千代の同僚としてまだ岐阜に居た
池田元助だった。
 元助の父であり、信長の乳兄弟である恒興は、
この後、元助の室に斎藤道三の孫娘を入れ、
信長の正室と縁者となり、
娘の池田せんは、
織田家譜代の森長可(ながよし)に嫁がせ、
堂々たる閨閥を作り上げていた。
 この時点、元助は元服前で、
恒興譲りの大らかな性格は信長に好まれ、
他の者が口にしようものなら勘気を被りかねないことも、
元助であれば信長の苦笑を呼んだ。

 「元助、よう言うた。
まさにそれこそ家名維持の要諦。
 元来それが正道なのだ」

 差し出がましいことを口にしたと気付いた元助は
さっと紅潮し、

 「一家を成しもせぬ若輩が、
御重臣に無礼を申し募り、
身の置場もございません」

 元助の素朴を好いた信長に不興の色は浮かばなかった。

 

 


 

 
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