第140話 三つの城(9)坂本城⑧

文字数 555文字

 「天下の覇者、上様には、
宝物(ほうもつ)の如くかの豪奢至高の御城が
ふさわしくあらせられます。
あれに(そび)える安土山。
あの高みから下界を睥睨(へいげい)なされば、
さぞ、清爽(せいそう)でございましょう!」

 光秀の坂本城の対岸に安土の山はあり、
目を遣った信長に満悦があった。
 信長は、小牧の丘の小牧城、
屹立の要害、稲葉山の岐阜城と、
高所に住まうことに拘って、
防御機能以外の意味を城に持たせた。
 信長の視界に安土が特別な位置づけで映っているのは
間近で接し、性分を察する者には明白で、
光秀が言上するまでもないことだった。

 信長は、
坂本城の豪壮華麗な出来栄えに強い興味を示し、
流石、京に知己が多く、
幕府で働いただけはあると光秀を称賛した。
 
 「織田の威風を天下に示す()き城である」

 信長は光秀を(ねぎら)った。
 主の眼に城が適ったことに安堵したのか光秀は、
重ねての謝意を述べ、(こうべ)を垂れた。
 
 ……秀吉は最後、
独り言のように小さく放った。

 「明智某のような欲深者、他には知らぬ。
 あ奴には、背中に立たれたくないものだ」

 秀吉の視界に、
仙千代はもう居ないのかもしれなかった。

 このやり取りから(およ)そ二年の後、
秀吉も一国一城の主となった。
 その国は浅井長政を討ち、
功績が認められた秀吉が手にした国で、
秀吉の小谷(おだに)城攻めは、
比叡山討伐の光秀にも似て、
極めて厳しいものだった。

 

 
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