第128話 早舟(6)大和の芋②

文字数 839文字

 仙千代の叱責に大きな体を低頭し、

 「はっ、まさに」

 と赤らんだ口や頬を冷えた手拭いで押さえ、
源吾は神妙だった。
 彦七郎も加わって、

 「この手の類いが食べられぬなら、
今宵、御遠慮申し上げれば良かったのだ。
ややっ、真っ赤であるぞ」

 と、源吾を覗き込んだ。

 「戦だ、旅だとなれば、
食べ物の好悪など言っておれませぬ。
幾度も食して経験を積めば慣れるものかと思いきや、
今宵、粘り性の食物は我が天敵であると、
つくづく分かり申した。
見苦しいところをお見せ致し、
恥じ入るばかりでございます」

 源吾は皮膚のかぶればかりでなく、
恥ずかしさか紅潮を増していた。

 はじめ、堪えていた信長が、
源吾の猿面、そして恥じ入りぶりに、
もう我慢できぬとばかりに大笑した。

 「左様に皆で虐めるな。
源吾、良い良い、その性根や良しだ。
流石、仙千代のあの父が見込んだだけはある。
苦手を克服せんとするその心、
儂は嫌ではないぞ」

 源吾をますます気に入ったと言った信長が、
褒美にと小姓に持ってこさせたのは饅頭だった。
 蒸したての白い饅頭は、
実は材料に大和の芋が使われていた。
 源吾はおそらく知っていた。
それが証拠に、何やら決意めいた顏をして、
饅頭を取り、頬張った。

 仙千代の呆れは頂点に達した。

 あっ!今の今、あれほど言うたに、
またも食いおった!芋の料理を!……

 饅頭の原料など知らぬが信長で、
信長は源吾の食べっぷりに満足を見せ、

 「美味いか。儂の分もやろうぞ」

 と言った。

 内心、やはり呆れているのだろうが、
源吾を案じたものか、彦七郎が、

 「上様が満腹なれば私が頂戴致します!」

 としゃしゃり出ると、

 「彦七郎は食い過ぎじゃ。
齢を重ねれば腹が邪魔をして馬にも乗れなくなるぞ」

 と、信長は自分が食べた。
 無口な源吾だが体躯に恵まれ、
文武を修め、礼も知っていた。
東三河では仙鳥 仏法僧を二羽射止め、
運を背負ってもいる。
 そのような源吾の欠点でもないが、
微笑ましい弱点を知り、
仙千代も信長以上に源吾の人品に好感情を抱いた。
 

 

 

 



 


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