第358話 秀政の願い(2)幼馴染

文字数 989文字

 「何を為さる。頭をお上げ下され」

 重勝は膝行(しっこう)し、秀政の手を床から離させた。

 「源吾、相すまぬ。
儂が田鶴(たづ)の話をしたばかりに」

 「何故、皆々様、案じられるのか。
上様がお決めになられた縁談は過去、
何方(どなた)も瞬時に受け入れ、
夫婦になられたのではありませぬか。
 此度はそれが源吾であったと。
何を皆様、懸念をし、果ては堀殿が涙を流し……」

 秀政は涙を拭い、今一度、頭を垂れた。

 「正直に言おう。
田鶴の幸せを願う気持ちが儂にはあった。
 確かにあった。
 そして田鶴の夫は源吾のような男であれば嬉しいと、
心の何処かで願う気持ちが無くはなかった。
 上様、羽柴の殿、御二人に乗る振りをして、
つい本音を出した。
 心の何処かで田鶴の行く末を思う気持ちが儂にはあった」

 源吾は飾らず問うた。

 「田鶴殿との間に何かありましたのか、堀殿は」

 秀政は頭を振った。

 「無い。断じて無い。
それは間違いがない。
 男女の仲であったことは微塵もない。
 ただ儂と田鶴は気が合って、
よう一緒に遊び、また学びもした。
 母に連れられ伊藤の家へ出掛けると、
田鶴はたいがい炊事洗濯、野良仕事と、
女中や下男に混じって働いておった。
 儂が行くとその間は儂の相手で遊び、学ぶ。
 田鶴は子供なりに恩義を感じ、
食い扶持ぐらいは働かねばならん、
伊藤家の娘であっても実の娘ではないと幼心に思い、
独楽(こま)のように動いておったのじゃろう。
 伊藤の伯父が田鶴を軽んじることは決してなかった。
伊藤家の誰も田鶴を分け隔てはしなかった。
 が、田鶴の心がそうさせていた。
 田鶴が良き伴侶に恵まれたなら、
初めてまことの笑顔となって、
生涯を成してゆかれるのではないかと……
 願う気持ちが儂にあのようなことを言わせた。
 上様の前で……」
 
 仙千代は今一度、確かめた。

 「御二人は兄、妹のような関りでいらっしゃったのですね」

 秀政は顎をひき、頷いた。

 「儂が行くと嬉しさ満面で駆け寄ってくるのが
可愛かった。
 田鶴の書の師はこの儂なのだ。
 伯父は田鶴の筋が良いと言って、
筆、墨、紙をよく買い与え、
田鶴も褒められれば稽古に励み、
今では郎党一の能筆で、
とうの昔に儂など抜かれてしまった。
 源吾も字は達者だが田鶴には敵うまい」

 秀政にとり田鶴は「妹」であったかもしれないが、
田鶴にとっての秀政は果たして如何なる存在だったのか、
仙千代は詮無いことだと知りつつも、
ふと想像をした。

 

 
 

 
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