第194話 常楽寺(5)訴えの行方

文字数 465文字

 「筑前!」

 信長のよく通る声が今はまた一段と力がこめられ、
秀吉を藤吉郎という通名ではなく、
名誉なる官位で呼んだ。

 「ハハ―ッ!」

 ひれ伏す秀吉に信長の扇の先が向いた。

 「六角残党を討ち、
城への道を整えんとする心構えの神妙なること、
かねてより耳にしておる」

 「ハハ―ッ!」

 「縄張りを任せよう。
その意気や、天晴れである!」

 「ははっ、はは……はーっ……」

 秀吉の訴えから、
間髪入れずの即断だった。
 はっと見ると、秀吉が伏せる床は、
汗か涙か、水滴が落ちていた。

 威厳と豪奢を極めた、かつてない城が築かれようという時、
並み居る重臣を飛び越して、
いくら覚えの目出度い、破竹の勢いの出世頭、
羽柴秀吉とて、
草の根を食み、(あざけ)りを枕、
口惜し涙の床に暮らした者が、
縄張り担当として采配を(ふる)う栄誉に浴すとは、
ある意味、官位を授かることよりも嬉しく、
咄嗟に溢れた感涙かと想像された。

 濡れる床を見遣った信長は、

 「先に申しておってな、五郎左が。
縄張りは是非、藤吉郎にと」

 と言った。

 秀吉の(おもて)がさっと上がった。

 「惟住(これずみ)殿……
いや、丹羽様が……」

 

 


 
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