第179話 蹴鞠の会(17)長秀の名誉⑪

文字数 974文字

 どれほど長秀への寵愛は深いのか、
知っているつもりでいたが、
仙千代が思う以上の信頼、感謝を信長は抱いていた。

 「越前守(えちぜんのかみ)……で、ございまするか」

 「たどたどしい。読めぬのか」

 「ただ驚きで……」

 ふと視線を感じ、
仙千代と目が合うと信定は、

 「越前守御就任、おめでとうございます!」

 と迷いを見せる主に対して先手を打つと、
その長秀に向き直し、頭を床にすりつけた。

 咄嗟に仙千代も真似て、

 「おめでとうございます!」

 と、声を張り上げて(なら)った。

 祝福が部屋に満ち、信長の満足が伝わった。

 しかしそれだけで済まさないのが信長だった。

 「新たに城を築く。
誰も見たことのない城だ。
五郎左!」

 「ははっ!」

 「総奉行を務める者が一武将で良いわけがなかろう」

 「総奉行!」

 安土山での築城は、側近の間では、
おおっぴらに口にせぬでも既定路線となっていて、
例えば志多羅に於いて仙千代は、
地獄耳の秀吉から、
新城を築く際には秀吉を奉行衆の一員に加えるべく推してほしいと
懇願混じりの談判を受けていた。

 天下布武を世に知らしめる城の総奉行とは、
控え目な長秀は必ずや遠慮を見せると仙千代は思った。
 次々に居城を変えた信長の腹心であるだけに、
長秀も築城知識や経験は豊富だが、
家中には他にも城造りが達者な者が居た。

 長秀は、

 「惟住(これずみ)越前守長秀、
普請総奉行、(しか)と拝命仕り、
上様の御威光にふさわしい名城としてみせまする!」

 と呼応し、一切の逡巡をもう見せはしなかった。

 あれっ?総奉行は御辞退されぬのか?
それは即座に受けられるのか?……

 仙千代は一瞬、呆けたようになってしまった。
 だが、冷静に見たならば、
信長が威光を世に知らしめる城を造るなら、
他の誰にも任せはできぬ、
未曾有の事業を無事遂行できるのは
自分だけだと長秀の判断が言わせた言葉に違いなかった。
 数多の人材、膨大な資材が一挙に集まり、
信長の集大成を城として具現しようという時、
実際、長秀ほどに信長の信を得ていなければ、
およそ貫徹できはしない大事業、
それが安土城普請だった。

 思いのたけを語りつつも、
いざ、現実と向き合うことになった時、
長秀の変わり身は早かった。

 「普請、作事、縄張り、
あらゆる方面の奉行衆を選抜せねばなりませぬな!」

 長秀の前のめりぶりに信長は苦笑があった。
 そして信長は、
仕上げのようにまたも筆を走らせた。

 
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