第393話 岐阜城下

文字数 1,331文字

 仙千代は予定より一日遅れで岐阜へ戻った。
 城下を通過する際、町の賑わい、
華やかさに圧倒されているかに映る虎松は、

 「津島も湊や神社が凄いが、
ここは海や御社(おやしろ)関係なく、
大勢が行き交い活気があって物凄いのう」

 と目を白黒し、受けた藤丸は、

 「兄上、ほれ、あれに!
あのような馬、滅多に見られるものでは。
 兄上、そう、あれじゃ」

 と一頭の青鹿毛(あおかげ)牝馬(ひんば)に瞠目した。

 彦八郎が、

 「よう分かったな、良い馬だと」

 と向けると虎松が、

 「儂も藤もしょっちゅう馬借(ばしゃく)に出入りしておって、
手伝いの真似をしておる内に親方が
馬の一切、教えてくれたんじゃ。
 馬借衆は西へ東へ、北へ南へ、
馬の背に荷を乗せ、長い距離を行き来する。
 他国の見聞も面白ければ、
のみならず、馬の見方や扱いを懇切、
仕込んでくれた。
 儂らは馬が大好きなんじゃ」

 兄に頷く藤丸も、

 「あの青鹿毛は脚の運びが柔らかく、
肉の質も毛並みも申し分がない。
 機嫌よく尻尾をゆったりと振り、
(いなな)きも大きく長い。
 心身共に恵まれた素晴らしい馬じゃ」

 二人を野良猫だの、コソコソするだの、
散々に言い散らしていた彦七郎の満足気な顏に
幾らか自慢の色があったのを仙千代は見て、

 兄弟の亡き父は市江家と親交があったという……
 彦七郎、
今では虎、藤が可愛くてならんということか……

 岐阜が初めてではない上、
諸国をさすらう暮らしにあって、
他国の城下や京をも知る小弁は別として、
虎松、藤丸は岐阜の町の隆盛に驚嘆を隠さなかった。

 伊吹山、恵那山、御嶽山が、
白金(しろがね)を頂いて輝いている。

 「山が近いのう!」

 「あの山の果てのその向こうまで、
織田の殿様方の領国なのか」

 「大きいのう!」

 「広いのう!」

 感嘆止まぬ二人に彦七郎が、

 「驚くのも、まあ、大概にせい。
これしきで驚いておっては勤められはせぬ。
しかも物見遊山ではないのだからな」

 と叱責めいた。

 「申し訳ございません!」

 「申し訳ございません!」

 二人の威勢の良い声に、
通りすがりの町衆達が振り返ったり、
笑顔を向けたりした。

 城下を抜けて家臣団屋敷地に入って暫くの後、
近付く万見邸の前に銀吾と祥吉が出迎えていた。

 「兄上!お疲れ様でございました」

 「一日遅れの御帰参、
何事か案じておりました」

 弟達は見慣れぬ童三人に瞳を大きく見開いた。

 「仔細は後だ。
幼き身ながらこの者達は道中ろくに休まず、
寒風に吹かれ、空腹でもある。
 まず汁と飯を頼む。
今日一日は客人として十分に休養させてやり、
明朝、上様の御指示を仰ぐこととする」

 銀吾、祥吉は、頷くと、仙千代の旅装を解きつつ、
家人(けにん)に夕餉の指示をし、
虎松らにも湯桶を手配して、

 「鯏浦(うぐいうら)から来たのか?
あちらに比べ、岐阜は冷えが違う故、
しっかり(ぬく)まると良いぞ」

 「手拭いはあるか?」

 と声を掛けた。

 新参の三人は名を告げて、
はじめ、恐縮のみであったのが、
銀吾、祥吉の親切や湯の温かさに緊張を解き、
やがて部屋を移して膳が出されると、
大いに飯を食らって、二杯、三杯と食べた。
 病み上がりの上、小柄な小弁も旺盛に食し、
仙千代は目を細めるばかりであったが、
前以ての許可も得ず、三人もの童を連れ帰るとは、
明日、信長、信忠から如何なる反応が返されるかと、
悩ましさがないではなかった。








 
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