第232話 越前国(3)勝利の分け前③

文字数 836文字

 織田軍の北陸平定直後、
踵を返すが如く光秀が、
加賀から丹後へ出兵したと知り、
秀政が語った。

 「まさに無尽の御忠節。
繰り返し繰り返し、上様が交渉を申し出、
仏道に専心すべし、
されば寺も領地も安堵しようと仰せであるのを拒み、
あくまで寺は一国なのだと抗戦の意志を貫き、
致し方無しの宣戦布告を告げられようとも下山せず、
結果、延暦寺は討伐された。
 寺や僧と戦うことに
尻込みする将が居ぬではない中、
明智殿の戦意は微塵も揺るがず、
あの羽柴殿さえ目を剥く働きぶりで、
戦後は見事、
延暦寺門前の坂本城主となられた。
 家中に後ろ盾のない新参の身で、
ほんに眼を瞠る御出世ぶり。
 明智殿の報恩の思い、
これからも燃え盛りこそすれ、
弱まることは無いのであろう」

 多分に表層的に過ぎると言えたが、
大勢に於いて事実認識に間違いはなく、
一同傾聴し、頷いた。

 いつしか誰も筆が止まっていた。
 
 「丹後といえば……」

 声の主は市江兄弟の兄、彦七郎だった。

 「坂本に接し、
明智殿には御膝元にも等しい地。
故に御出陣と相成り申されたのか」

 仙千代は、

 「丹後は、
幕府高職にあった一色家の影が残る土地柄。
一色は武田に若狭を追われ、
やがて丹後に流れると
義昭公にあらためて安堵され、
後には上様に従って、
そのままお仕えするかと思いきや、
何と延暦寺の僧を匿って御不興を買い、
丹後での地位を危うくしたが、
幕府が主体性を失い、
再び国衆が力を強めると困り果て、
今一度、またも頭を下げてきた。
此度、上様は、
最後の一度とばかり赦免して、
丹波平定の与力として一色義道を加え、
働き次第では丹後を進呈する御意思でいらっしゃる。
 左様な次第で、
一色を加えた共同作戦が発令され、
明智殿は向かわれたのだ」

 今度は彦八郎が、

 「今ひとつ信用ならぬ一色に何故、
国をお授けになるのでしょう。
かり出される明智殿が気の毒ではありませぬか」

 仙千代は、

 「源吾、如何考える」

 と近藤源吾重勝に声を掛けた。

 「はっ……(まつりごと)はよう分かりませぬが」

 と重勝は一呼吸置いた。

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