第331話 鷺山の姫(2)父として

文字数 682文字

 鷺山殿は信長の苛立ちを、
ただ、受け止めていた。

 「何を黙っておる。
新五郎が申す通り、広大にして、
かつ、武田と長い国境を接する美濃を治めるには、
斎藤の名は必要不可。
 左様なことは百年前から分かっておるわ。
儂が知らぬと思うてか」

 「百年前から……百年……」

 「揚げ足をとるか!」

 「とりませぬ。
女子(おなご)です故、相撲など」

 揚げ足は相撲の足技だった。

 養母上が岐阜へ残るという御心情、
儂を守らんという御気概、
有り難いばかり……
 何故解してくれぬかというのが鷺山殿の思い……
 父上も養母上も互いが譲らず、
まるで幼児(おさなご)……

 「於濃!」

 信長の扇がピシっと鳴ると鷺山殿は正対し、
真っ直ぐに見た。

 「申し訳ございませぬ。
大切な話を茶化し、
濃が悪うございました。
 この通り、お詫び致します」

 頭を下げて両の手を床へ重ね、
鷺山殿は端正な平伏をした。

 信長、信忠、鷺山殿、新五郎こと利治、
他は秀政、仙千代、
控えの間に三郎、勝丸が居るばかりという
内々の顔触れ故か、
信長も鷺山殿も人柄を隠しもせず振舞った。

 「新たな城で奥の差配は如何するのだ。
母上、幼子、(つま)達、女房衆、
誰もが於濃の決定なれば不満も不服も飲むであろう。
 岐阜はぐるり周囲を河尻、森、池田はじめ、
譜代の城、砦で固め、
稲葉も於濃の妹が御台所(みだいどころ)におさまって、
嫡流の子を授かり、盤石じゃ。
 何よりも新五郎が居る。
勘九郎の若さは否めぬが川を渡れば直ぐ尾張。
 織田家連枝衆はじめ、長谷川、加藤ら、
代を継いでの忠臣が、ぞろ控えておる。
 支えは十分であろう」

 勘九郎という通名を、
信長が昨今珍しく用いたところに、
父としての顏があった。
 
 





 

 

 
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