第274話 祝賀の日々(4)郷愁①

文字数 836文字

 昨日、秀政が話していた通り二十一日は、
石山本願寺から使者が訪問することになっていた。

 冬の始まりの京の朝はしんと冷え、
岐阜と似ていると仙千代は感じた。
 故郷の鯏浦(うぐいうら)は尾張南部の海浜で、
この時期はまだ息が白くなることはなかった。

 いつか父上、母上をお連れして、
京を案内してさしあげるような日は来るのだろうか……

 一人の少女の成長が、
憧れ、悩み、喜び、
寂しさと共に初老期に至るまで綴られた『更級日記』は、
母や姉の影響で愛読していたもので、
主人公は幾度か参詣の旅をしていた。

 母上は特に信心深い御方ゆえ、
一番に知恩院に参拝し、
他にも、
亡き大殿や上様が修復なさった御所を外から拝見したり、
壮大な清水の舞台から絶景を御覧に入れて……
 父上の脚の具合は夏が良いという、
ならばいつの日か、
若葉の繁る端午の節句のあたり……

 井戸水で顔を洗いつつ、
意識を懐かしい海辺の村へ飛ばした仙千代は、
水気を拭きとりながら、
今更ながら気が付いた。
 万見家の宗派である浄土宗総本山 知恩院は、
仙千代が初めて上洛した時、
信長が宿舎とした為、
仙千代は門主に目通りしていて、
御所も幾度か信長の伴でうかがっており、
かつ、誠仁(さねひと)親王は信長の猶子であったから、
取次の際に御目に掛かることは数知れず、
親王の御子様方、
つまり皇孫の皆様方に至っては護衛の際、
遊びの御相手さえ二度三度、賜っていて、
小さな御子様方はそれぞれ個性を発揮して、
若君であろうと姫君であろうと、
活発な御方は活発で、
たとえ皇統の御血筋であろうと童は童で変わりはないと、
畏れ多くも思ったりしたものだった。
 また清水寺はじめ、寺社は、
通達や交渉で数え切れないほど足を運んでいる。
 それでもいざ、養父母(ふぼ)を思い、
郷愁で胸が満たされれば一介の仙千代となって、
信長の入京以来、治安が高まり、
活気に満ちてかつての姿を蘇らせた京を、
是非一度お目に掛けたいと、
戦国乱世に見果てぬ夢を浮かべたりした。

 顔を拭き終えた仙千代は、
しっかり深呼吸をして息を整え、
勤めに戻った。
 
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み