第65話 岩村城攻め(9)梅雨の青雲①

文字数 601文字

 信長と信忠とが天守へ帰った後、
仙千代は長頼には、

 「守護に就いておられる(ばん)殿は、
我らの手本となるような文武に長けた御方、
御傍で存分に学んでくるが良いぞ」

 と肩を叩かれ、
秀政には、

 「仙千代に大和行きの先を越されるとは。
畿内、とりわけ、京、堺、大和は、
名代、使者として花形じゃ。
仙の働きは我ら側近の力を示すことでもある。
ちょっとばかり妬けもするが、
いやいや、可愛い弟だ。
せいぜい気張って成果を上げよ」

 と背中を押された。

 二人が去った後、
どっさり、山と積まれた書状を、
明日に備えて整理していた仙千代は、

 「大和とは……
驚いて何も言えんかった。
目をしばしばさせて、ははっとしか」

 と竹丸に正直なところを漏らした。

 「堀様ではないが、
抜かされてしまったのかなあ、儂は」

 竹丸は(ひと)()ちるように呟きつつ、
視線を書状に落としたまま、
手際よく分類していった。

 「抜かされる?」

 「(きゅう)様が言われたように大和は特別な地。
遣わされるは大出世ぞ」

 「うむ……」

 岐阜へ来て、
仙千代の前にはいつも竹丸が居て、
当初、まさに手取り足取り、
万事、導き、教えてくれた。
 そのお陰で今があり、
陰に日向に支え、助けてくれていたとも知っている。

 それが自分が先に信長の名代として、
大和という重要な地へ赴くことになろうとは、
抜擢された驚きの後、
ふと竹丸に申し訳ないような思いが湧いた。

 「仙千代」

 竹丸が手を休め、仙千代を見た。
 


 

 

 


 
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