第395話 御狂い(2)神出鬼没

文字数 1,359文字

 稲葉山の岐阜城に平坦地は無く、
二ノ門の十間程の比較的平らな場所に上級家臣は馬を留め、
君主一家が住まう天守へ向かった。
 山全体を一つの要塞として、
城は城下全体で守る形になっている。
 厩舎は山へ上がる境目の平地にあった。
 信長が吉法師時代の御狂いは馬を用いず、
寺で手習いをしている童達の疑似合戦だったが、
昨今は戦が無い時期の身体鍛錬、
また祭りにも似た気宇発散の為、
鷹狩り同様、主に冬期に行われ、
これもまた鷹狩りと同じく馬は必須となっていた。

 とはいえ御狂い(おくるい)の規模、内容からして、
そう度々催されるものではなく、
この日も信長が信忠に家督を譲り、
いよいよ岐阜を離れるというので
記念的に開催されたのだった。

 朝稽古は前庭で事足りるはずが何故か姿を消した
虎松、藤丸、小弁だった。
 河畔は御狂いの開催場であるから
何処の馬の骨とも言える三人がそこに居るとは考えられず、
かといって天守へ上がる一ノ門より上は
入場が厳しく制限されており守衛が見張っているので
近付くことはいっそう難しい。

 仙千代と弟達であちらこちら見回っていると、

 「殿!殿!」

 と彦八郎が気忙(きぜわ)しくやって来た。

 「見付かりました!」

 「そうか。して、何処に居った」

 「それが御狂いに出場するようなのです!」

 仙千代、銀吾、祥吉は目を剥いた。

 「何っ!」

 「なっ!」

 「なななっ!」

 急いだ為か、はたまた冷汗か、
彦八郎は頭から湯気を出し、額も首もびっしょりだった。

 「彦七郎は!」

 「はっ!兄は、出撃の御小姓陣に混じる虎、藤を見とめ、
何をしておると叱ったところ、
佐々(さっさ)殿が間に入り、良いではないか、
この者達は馬の扱いに長けておる、
たいしたものだと仰って」

 佐々とは、
信忠の小姓出身武将、清蔵を指していた。
 他でもない、信長の馬廻りとして、
歴戦の矢雨をくぐった佐々成政の甥であり、
信忠家臣団に於いてとりわけ信を得ている若大将だった。

 どうして奴等はいつもこうなのだ、
何故あの者達は毎回こうして神出鬼没に……

 岐阜へ来たなら神妙にしているものだとばかり思っていたが、
現実はそうではなかった。
 何がどうなってそうなったのか、
何はともあれ、御狂いに出るとは驚天動地で、
仙千代は頭を抱えた。

 「御狂いは上様も殿もお出になられるのであろうな」

 仙千代は目は虚ろ、足がふらついていたかもしれなかった。
 御狂いは信長、信忠、武将、大将のみならず、
岐阜を訪れている賓客もおそらく参じる。
 そこには富豪や茶人、歌人、また京からの公家も居た。

 「分不相応である、
御小姓でもない者が加わることは許されぬ、
兄が二人に説教したものの、
佐々殿が割って入って、
まあ良いではないか、
亡き信興(のぶおき)公の御家来の忘れ形見といえば立派なものだ、
参陣するに十分であると」

 すると待ち切れぬように銀吾が、

 「兄上、とにかく参りましょう!」

 祥吉も、

 「虎達の無礼の有無を確かめませぬと!」

 二人は明らかに浮足立っている。
仙千代が御所での蹴鞠(しゅうぎく)会を観たい一心で、
せめて塀の節の穴からでも拝見できぬものかと
気を揉んでいたのと同じで、
弟達も御狂いを見物したくてならないのだった。

 遣いも寄越さず一日遅れで帰参して、
挙句に三人も童を連れ帰り、
その上、もし虎、藤が厄介事を起こしたならば……

 仙千代こそ、汗がすっと背筋に流れた。

 

 

 

 



 
 
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