第423話 象り

文字数 977文字

 秀一はあっさり答えた。

 「似ておりませぬ。
見目形は似ようとも象り(かたどり)は象りであって、
器の中身は別でございます」

 我が意を得たりと信忠は頷き、
爽快な心持ちとなり笑みがこぼれた。

 小弁が余りに愛らしく、
とびきり純な清らかさを発している為、
その姿に目を奪われて小弁が何者であるのかが、
つい、意識の外になる。
 しかし家督を継いだ当主の己がただ姿形が良いからと
武家の男子としての素養も教養も皆無の童を身近に置いて侍らせたのでは
立場を弁えず欲に溺れたと(そし)られかねず、
実際それは事実なのであるから信忠としては
いくら三郎が小弁を近寄せまいと気を揉もうとも、
むしろ心配無用で、小弁はあくまで清蔵の手下であって、
今現在、芸に秀でた美童という位置付けだった。

 「何を笑われるのです」

 秀一が信忠を向いた。

 「うむ……いや、実は笑うなど不謹慎なのだ。
ふと清三郎を思い出してな。
 清三郎はもしや自分は誰かの代わりなのではないかと憂いておった。
ある時期までは。
 確かに(せい)は口が重く当初、話が続かなかった。
見目に惹かれ召し寄せたものの退屈でさえあった。
 が、武具、甲冑となると瞳を輝かせ、
儂の知らぬようなことをたんと教えてくれた。
 やがて三郎の薫陶もあったか、あらゆることに向上心を見せ、
何処へ出しても通用するだけの近習となりつつあった。
 時は人を磨くのだな……」

 秀一はまたもあっさり答えた。

 「小弁なる者。
(ぎょく)か石か、いずれ判明致しましょう。
 佐々殿に志願して稽古に加わったものの二日三日で音を上げて
退散する者も数知れず。
 それがあの者はたいした根性を見せ、
佐々殿の大の気に入りであるとか。
 今も本来なら他の小姓が用向きを伝えにくるべきところ、
小弁があのように遣わされる。
 佐々殿の信、よほど厚いとお見受け致します。
 既に放ち始めておるのやもしれませぬ、玉の輝きを」

 庭の向こうで清蔵が信忠を振り向いた。

 「茶席の楽しさ、晴れがましさに長居が過ぎました。
槍稽古に師範を招いておったのを失念しおり、
危うく師を待たせてしまうところでありました。
 これにて御無礼仕りましてございます」

 清蔵は頭を垂れると直ぐさま足早に姿を消した。

 「おかしなものだ。
達者な芸で誰の涙も笑いも誘った者が荒武者の一の子分とは。
おかしなものだ。まったく」

 と二人の背を見送る信忠と同じく秀一も微笑んでいた。

 




 

 


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