第254話 勝家の一門(5)室の座④

文字数 909文字

 仙千代、竹丸、元助ら、特別身近な小姓と、
側近の秀政が居るだけの場であったので、
信長は心理の襞を隠さず見せた。

 「かつて何処の誰から聴いたものか、
それさえ忘れてしまったが、
むしろ権六は閨閥らしき閨閥を形成せぬよう、
気を払ってきた、と」

 権六とは柴田勝家の通名だった。

 「何を馬鹿なと思ったが、
正室を持たず実の長男、次男は配下に預け、
養子、養女をとりはするものの、
有力武将との縁組に積極を見せず、
現段階、確か(ばん)の後室に養女を入れたのみ」

 名が挙がった塙直政も古参の重臣ながら、
池田恒興のように華やかな閨閥は為さず、
勝家の養女を後妻にしたぐらいのことで、
至って実直に勤めを果たし、
たとえ畿内の三国を任され、
大和守護という重い地位を与えられようとも、
目立つ振舞からは距離を置いていた。

 直政の妹は信長の庶長子を産んだ。
しかし嫡子とするには家格に不足があったのと、
正室 於濃との間に子が授かる可能性を残していた時期で、
家の治まりを慮れば家中がその子を認めず、
家の総意によって賢臣 村井貞勝に子は養子で出され、
直政の妹もその後は出産しなかった。
 
 信忠らの生母は、
尾張北西部の物流を握る裕福な武家の娘で、
夫が戦死して実家に帰っていたところ、
遠縁である信長の母が乗り気になって、
信長との間に縁談が組まれ、
やがて信忠、信雄、御徳という二男一女を授かると、
幸せも束の間、哀れにも病を得て、世を去り、
信長の悲しみはただならぬものがあった。
 信長の嫡子、二男、長女は、
濃が引き取って自身は子を持たぬまま、
三人の養母となった。
 信長との間に子が育つことはなかった濃が、
三人の養育にあたったことは、
若くして波乱の生涯を送った流石の女丈夫で、
信長の謝念はこれもまた深いものがあった。

 「権六は亡き父が弟に付けた家老であった。
儂と兵刃を交えた稲生(いのう)合戦で、
権六は総大将を務め、
敗けはしたものの、主への義理は果たした。
 二度目の謀反となった時、
儂に報せた功績はこの胸から消えたことはない。
 だのに権六こそ、
いつまで申し訳ないと思うておるのか。
 室を持て、
儂が世話をすると二度三度言うたが、
煮え切らんのが歯痒うて、
とどのつまり、今のあのようなことだ」

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み