第312話 長良川畔(6)岐阜城の呪い①

文字数 849文字

 信忠の鮮やかな勝利は信長を大いに喜ばせ、
戦中戦後の振舞もほぼ過誤は無く、
織田家の後継として十分及第を与えられるものであり、
秋山六大夫の追討に関しても、
情に流され手を緩めたことは間違いないが、
顧みれば信長とて幾度も裏切りを赦し、
あまつさえその者達に信を置き、
重用している事実はあって、
若い信忠が大叔母の子を見逃したからと
糾弾するには当たらないと考えているように、
仙千代には見受けられた。
 察するに信長がそのように思うのも、
親の贔屓目だけでなく、
それ程に信忠の今回の大将ぶりは見事なものであり、
山間地での六ヶ月もの包囲戦は過酷そのもので、
籠城する側は当然として、
攻める側も周囲は敵地であって、
僅かな綻びが総崩れとなる厳しい耐久戦なのだった。

 「皆様の祈り、於艶様に届いておられましょう」

 敢えて感情を殺したような秀政の言に
於葉は尚も数珠を握り締めた。
 於艶の方の幼い頃を於葉は知っているに違いなく、
姫がよもや敵方の敗残者として城に戻るとは、
於葉の消沈した姿からも土田御前の悲嘆が
十二分に想像された。
 於艶と同じく、嫁ぎ先が敵となった於市は、
実家が敵味方に分かれた後にも子をもうけ、
城を枕に自害さえ望んでいたが、
信長は同情こそすれ、一切の責を問わず、
三人の姫共々、手厚く庇護している。
 片や、信長が長島一向衆に手こずって、
加勢らしい加勢を受けられず、
三月(みつき)もの籠城の末、
城兵・家臣を助ける為に秋山の(つま)となり、
四度目の結婚にして初めて子を授かった於艶は、
虎繁が約束を守ったことから信長の五男 御坊丸は
命を繋いで甲斐へ行き、
一方、愛息 六大夫は今や、お尋ね者、
夫婦は罪人として死地に赴いている。
 
 於艶も於市も誠実に、
懸命に生きたことに変わりはなかった。
 結末は真逆。
 矛盾に次ぐ矛盾。
 しかし矛盾を飲み込み、前に進む他、
路がないのが百年以上続く戦国だった。

 ふと、樹々の向こうに声がした。

 「呪われておるのかのう、やはりここは」

 虚を突かれ、
耳に届いた言葉が「呪い」とは、
仙千代は一瞬にして芯が凍った。

 

 
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