第327話 岐阜の殿

文字数 1,091文字

 帰還して四日後、
信忠は再び信長に呼ばれ、家督を譲与する旨、
正式に告げられた。

 尾州、濃州、
合わせて百三十万石という表高(おもてだか)に加え、
熱田及び津島の湊、美濃の美林。
 蔵の金銀のみならず、
星切りの太刀はじめ三国の名宝一切合切、信忠に譲り、
信長は安土へ移るので、

 「父祖伝来の地を守り、
かつ、天下事業を成し遂げるべく(しか)と精励されよ」

 と訓示を授かり、信忠はただ平伏した。

 本来、家督を譲るということは、
隠居を意味している。
 が、信長が口にしたように、
天下静謐は道半ばであり、
今後、軍事行動に於いては信忠が総大将となり、
各国へ出陣、転戦するものの、
信長は安土から天下を総覧、
差配するという腹積もりであることは、父子にとり、
言葉はなくとも明白な了解事項だった。

 「加えて、家臣団が結集の織田家主力部隊、
つまり一門衆、尾張衆、美濃衆。
 この精鋭の総帥が他でもない、岐阜の殿。
 此度大功めざましい殿なれば、
継承を難なく行い、より発展させ、
一段の吉報を父に届けてくれると微塵も疑わぬ。
 中には森長可(ながよし)、池田元助、団忠正(ただまさ)ら、
若武者どもが(くつわ)を並べ、大いなる武功をあげようと、
鼻息荒く待ち構えておる。
 特に長可、忠正は(すこぶ)るの荒武者にて、
御すに苦労かもしれぬがその分、
まこと、嘱望の武辺者でもある。
 城介殿はじめ、若き者の活躍が、
今から楽しみでならぬ」

 「深謝を胸に刻みおり、
けして忘れるものではございませぬ!
 織田家の栄光を必ずや後世に継いでみせまする!」

 「うむ!」

 信忠は今一度、平伏した。
 満足気な信長は足した。

 「年の瀬に安土へ引き移る。
あとは新五郎に任せてある。
 新五郎は於濃の実弟にして、
亡き舅殿の遺言状を決死で届けてくれた忠節の者。
 河尻秀隆が岩村に入城した今、
これからは新五郎を補佐として何なりと相談し、
されど解決を見ぬ時は安土へ訊けば宜しかろう」

 「ははっ!」

 信長には堀秀政、万見仙千代が侍っていた。
 通例では菅谷長頼、長谷川竹丸らも持しているのだが、
長頼と竹丸は河尻秀隆の要請で岩村に残り、
戦後処理にあたっていた。

 謁見の間の外に小姓の声がして、
話題の主、斎藤新五郎利治の到着を告げた。
 利治は道三の末子だった。
 岐阜城主となった信長は利治の人品骨柄を愛し、
加治田城及び地域の武将集団である加治田衆を与え、
一貫して厚く遇した。
 側室は持たぬという堅物ぶり、
確かな戦績、
幾重にも巡らされた閨閥による家柄と、
どれを取っても間違いない人物で、
信忠にとっても養母、鷺山殿の弟として、
親しみと信を抱く人物だった。

 信忠の傳役(もり)となった利治は、
感謝と祝いの言葉の後、
ふと、困惑の色を浮かべた。


 

 




 


 




 
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