第317話 長良川畔(10)刑場の露③

文字数 1,018文字

 刑場である長良川の岸辺に引き立てられた於艶の方は、
家老の大嶋長利、座光寺貞房が絶命し、
その脇で虎繁が逆さに(はりつけ)られている姿を目の当たりにした。

 虎繁の斬首、または磔は免れないと思っていたにせよ、
よもや逆さ磔とは、
於艶には耐え難い苦しみで、
それが囚われの於艶を失神させたに違いなく、
於葉と別れ、霊所を後にした秀政は仙千代に、

 「於艶様の御心は、
岩村城主のままであらせられるのだ。
 おそらくきっと、そうなのだ……。
 遠山景任(かげとう)殿 御他界の後、
於艶様はさだめを受け入れ一貫し、
女城主として振る舞われ、
たとえ秋山が城を落とそうと、
その(つま)となり、子を()そうとも、
臣下、城兵を率いた矜持はそのままに、
女城主として生きる道を選ばれ、
それは秋山が夫になろうと心底で変わりはなかった。
 なればこそ、遠山の家来一人も罪には問わず、
御坊丸様を助命して約束を果たし、
(おとこ)の誠を尽くした秋山を救うべく、
上様に臣下となる道を嘆願されたのだ。
 どれほど過酷な生涯だったか……
於艶様……精一杯、生き抜かれた。
乱世の姫として。
あの上様の叔母君として。
 力の限り、やり遂げられた……
一国一城の主として」

 「それがよもや御夫君が逆さ磔とは……
沙汰に驚かれ、失神あそばされた……」

 「上様とて御苦しみじゃ……
何処の誰が親しく共に育った叔母上を、
好んで処刑などするものか。
が、御身内であるが故、
いっそう厳しく当たらねばならぬ。
 でなければ上に立つ者として(しめし)が付かぬ」

 冷厳な言葉とは逆で、
秀政の声は震えていた。
 泣いているのに違いなかった。
 仙千代は気付かぬふりをして、
ただ、地面を見て歩みを進め、
秀政と二人、信長の許へ戻った。

 信長が居たのは河原の刑場だった。
 於艶の方は、

 「信長は何処ぞ!
逃げ隠れするか、信長!」

 などと、刑を見物しようと集まった野次馬達の前、
大声を上げ、磔台に上がろうとせず騒ぎ、
於艶がそもそも織田家の姫であることを思えば
誰も手出しは出来ず、たじろいでいたところ、
信長が姿を現したのだった。

 仙千代は堤で信長に追い付いて秀政共々、

 「上様、ここはお引きくださいませ!」

 「御辛抱なさり、
御殿へお戻りくださいませ!」

 と叫んだ。
 信長の苦悩を知らぬ二人ではなく、
その思いが信長を引き留める言葉となった。

 しかし信長が名指しされたからと出て来たのではなく、
当初から最後の対面を果たすつもりでいたことは、
その放つ気で秀政、仙千代に伝わって、
もう何も言えなくなった。

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