第152話 雷神と山中の猿(3)天誅②

文字数 608文字

 「……この世の末かと思われるような、
凄まじいまでの(いかづち)であったとか。
大和へ出向いておった商人から聴きました。
それがですな、
ちと、面白きことを耳にしまして」

 好奇心旺盛な信長の歓心を、
物見高い秀吉はよく買って、
主従はその点、気が合った。

 「ほう。まこと、面白いのであろうな」

 信長の興味が襖越しにも伝わった。

 「大和高山(たかやま)に落雷があったというのです」

 「雷は落ちるものであろう。
面白くも何ともない」

 信長は何でもない時に悪気無く、
このように身も蓋もない言い方をして、
相手によっては(ひる)ませてしまうところ、
秀吉は意に介さぬ素振りで続けた。

 「商人が申すには、
落ちた先は城であったと」

 「雷は、突き出た高所を選んで落ちるもの。
天然の(ことわり)だ」

 「まさに、まさに」

 信長の率直を秀吉はいったん引き取り、

 「ところが、
天の理屈を捻じ曲げたのが興福寺」

 「あの寺は大和を牛耳るのみならず、
雷神までも操ると?」

 「御耳を汚すことにならぬかと懸念もありつつ、
申します。
それが大和では今、
守護、(ばん)殿が、
雷神の怒りに触れて高山が被害を被った、
神仏の国を武家が治めるとは何たることかと
憤怒の御印(みしるし)が高山に落ちたと流布され、
真に受ける者共が居ぬではないのだと」

 「如何にも興福寺が言いそうな。
何事も神仏に結び付け」

 信長の扇を閉じるピシリという音が、
控えの間にはっきり届いた。

 「戯言も坊主が言えばもっともらしく聞こえるか。
雷神こそ、呆れておろう」

 

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