第405話 披露目(1)予感

文字数 695文字

 「先だって城下の寺にて興行せし折、
殿や近習がたいそう面白く観たという。
 どれ、儂もひとつ所望しようぞ」

 と信長は小弁を機嫌よく見遣った。
 天下を統べようという人物が、
流浪一座の童の演戯を望むとは、
しかもこの場は公家はじめ、
文化に通じた客人達が集っている。
 仙千代は信長の情けを思わずいられなかった。

 歌も舞いも好んでなどおらん、
食うが為やっておっただけのこと、
何も好いてなどおらん、
小弁は確かにそう言った、
 が、ここは踏ん張り所じゃ、
思召(おぼしめ)しにお応えするのだ、
我ここにありという芸を披露するのだ……

 血筋も家柄も武術も学も無い、
ただ一個の山口小弁が持つものは、
歌い、舞い、演じる、その才だけだった。
 好悪を問わず、小弁が備えている財産は唯一それで、
であるならば必死の技を見せねばならない。

 小弁が仙千代を見た。
 仙千代は頷き、
言葉ではない言葉を送った。

 やれ!小弁!
命の限り、さえずり、踊れ!
 この者は、ただ者ではない、
光るものを持っている、輝いていると、
誰にもその煌めきを見せ付けるのだ!……

 今日ここに巡り合わせたのは強運という他なかった。
 信忠は幼少時より至芸に触れて猿楽に通じ、
自身で演ずるばかりか創作めいたこともして、
元服前はやはり猿楽を嗜む弟達と舞うほどだった。
 仙千代は己を無粋だと任じていたが、
育ちに由来する信忠の数寄者ぶり、審美眼は知っていて、
信忠が小弁の芸に好意を示したからには
目の肥えた客人達も必ずや唸らせるだろうと予感した。
 小弁が賛辞を受ければ宴はいっそう盛況となり、
信長、信忠の面目は立ち、機嫌は増して、
ひいては小弁の行く末も照らされた。

 


 
 
 

 

 

 
 

 

 

 

 
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