第63話 岩村城攻め(7)公居館⑦

文字数 1,244文字

 来たる東濃遠征での信忠軍は、
岩村城のみならず、
昨年冬、
武田に奪われた東美濃の支城や砦を奪還する命を帯びていて、
長丁場になることが予想されることから、
戦目付は複数人が戦地と岐阜を行き来して、
交代で滞在し、任を負う必要があった。
 
 戦目付とは、戦の状況を監察し、
武士の手柄の有無や軍紀違反を見届けると共に、
諸隊の動きや戦況に変化があれば大将に報告する役職で、
大きな合戦では大目付、目付頭、中目付など、
何人もの検使が配備された。

 信長は今回の岩村攻めで、
普請や作事に熱と才を見せる竹丸を陣場奉行、
つまり戦奉行として配し、
人心の機微に長じ、
観察眼のある仙千代は検使、
戦目付として遣ろうと考えていた。

 もちろん、普請仕事、検使に限らず、
竹丸、仙千代には様々な役目を経験させねばならない。
 この後、二人は元服し、
部隊を率い、大将となって戦場に出る。
 一兵卒ではないのであるから、
戦の大局を学ぶことは是非にも必要で、
竹丸の戦奉行、仙千代の戦目付は、
共に重要な役割だった。

 一日でも手元から離すのは寂しい竹丸、
仙千代だが、
秀政が小姓から馬廻りとして成長を遂げたように、
勇躍する為の道筋は、
小姓が優れていればいるだけ示してやらねばならず、
信忠が初の総大将戦に臨むのと同様、
竹丸、仙千代の二人にも、
その時期が来たということだった。

 しかし仙千代の「演説」を耳にして、
信長の中に別の思いが湧いたことも事実だった。

 検使はさせる、
が、それだけでは足りぬ、
やはり仙千代は交渉事に向く……
近く、酒井忠次(ただつぐ)が二男を伴い、
岐阜へ来る、
仙千代は饗応役を難無くこなすだろう、
間違いない、
そして検使も……

 六年前、十六歳だった堀秀政を、
足利義昭の仮住まい、本圀寺(ほんこくじ)の普請奉行として任じ、
抜擢、重用した信長だった。
 秀政は期待に応え、
側近としての地位を確たるものにした。

 信長は岩村攻めに於いて仙千代が、
戦目付として経験豊富な菅谷長頼、
堀秀政らに随行し、
検使の仕事を覚えるよう、命じた。

 初の役目を仙千代は畏まり、恭しく受けた。

 「日頃の務めに加え、
酒井の饗応と子が岐阜に住まう準備、
検使というと慌ただしいが、それだけではない。
更に仙千代には……」

 仙千代は長頼達と組み、
信長の近侍として書状管理を行い、
各国の大名、武将、家臣との取次をして、
面会に同席し、
信長の手足となって働いていた。
 戦目付は側近として当然の任だとしても、
加えて今回は、
鵜飼い観覧で酒井忠次(ただつぐ)父子を迎える支度があって、
極めて多忙であるのに、
尚も他に任務を与えようというのであるから、
場に驚きの空気が広がった。

 顔色に感情を見せない信忠はいつも通りだとして、
当の仙千代も取り澄ました表情でいることが、
信長には頼もしくも、可笑しくもあった。

 仙千代、
内心、何を思っているのか……
気を許した者同士のこの顔触れであっても、
平静を装うその顔か……
 図太いのか、慎ましいのか……
まあ、どちらでも良い、
仙が交渉事に向くことがはっきりと分かる……

 信長は仙千代に目を細めた。


 


 

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