第93話 多聞山城(3)蘭奢待の行方③

文字数 838文字

 大和国は代々、興福寺が守護的役割を果たし、
独自の経済活動、武力集団を形成して、
地侍衆も二男以下の男児を興福寺に入れるというように、
両者の結び付きは混然と、
永年にわたるものだった。

 それは仙千代も知っていた。
ところが同じ古都といっても京との違いは、
大和に帝は居らず、
扇の要の興福寺が宗教勢力であり、
同時、富と軍事力を擁していることだった。
 そこは本願寺に似ていた。
 本願寺より厄介なのは、
表立っての敵愾心を見せることはなく、
新興勢力の織田家に追従する様を装いながら、
面従腹背である点だった。
 
 興福寺は信長が、
威勢を誇っていた比叡山延暦寺の力を削いだことに歓心を抱く一方、
信長の権力拡大を強く警戒していた。
 大和の盆地には、数多の寺社、
公卿、名門大名、下克上武将、
地侍らの権益、思惑が絡み合い、
複雑怪奇に渦巻いている。
 渦の中央は興福寺で、
渦は一見穏やかながら、
深い底では(もつ)れを決して緩めなかった。

 巻介(まきすけ)は仙千代と同齢で、
(ばん)直政の故郷、
尾張は比良村の富農の生まれだった。
 家が豊かであったことから幼くして書や算術を習い、
聡さが直政の耳に入って取り立てられた。
 巻介は縁を頼って武家の野木という家に養子に入って姓を得、
直政に仕えた。
 主の閨房を温める小姓ではないが、
直政は巻介を有望視して、
常に身近に置いて重用した。

 親しい巻介が相手であればこそ、
仙千代は思いのたけをやはり、口走った。

 「昨年、大和に入られた上様は、
神仏の加護地を乱してはならぬと仰せになって、
三千の兵達の陣を一切、寺社に築かず、
粛々と入城なさった。
蘭奢待とて、
神聖なる御倉(みくら)に足を踏み入れることは畏れ多いとして、
多聞山城にて、
東大寺の大僧正や勅使の方々をお迎えしたのだ。
しかも上様は、蘭奢待拝領を大変な名誉、
天下の面目であるとされ、
戴香の後、
東大寺と春日社に御自ら出向いて参られ、
仏天に深謝の念を捧げておられる。
これの何処が高圧、非礼にあたるのか。
いったい、何処が……」

 仙千代は口惜しさで唇を噛んだ。

 
 

 


 
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