第167話 蹴鞠の会(5)晴れ舞台⑤

文字数 461文字

 信定はいったん筆を矢立に収めつつ、
仙千代の畏まりぶりに親し気な笑みを向けた。

 数日前、信長は佐和山から信定を呼び、
何やら話していたが、
教養豊かな信定は京の寺社に評判が良く、
所司代の村井貞勝を助け、
交渉事によく同道していたので、
またその件だろうと仙千代は思っていた。
 信長の京の宿舎、相国寺に信定が着くと、
仙千代は入れ替わりに用向きを言い付けられ、
一時ばかり外出していた。

 上様は儂を驚かそうと、
今日まで黙っておいでだったのか……

 信長が時に見せる茶目っ気を、
仙千代は温かく、有り難く受け止めた。
 そして、その思い遣りは、
信長が有能や人柄を気に入ったからこそ、
寵臣である長秀の配下とした信定にも向けられていると
仙千代は感じた。
 このような規模の蹴鞠会は、
困窮が百年近くも続いた宮廷に於いて
長年無かったことで、
であるならば、
記録魔とも言える信定が強い関心を抱かぬわけはないと、
信長は考えたに違いなかった。
 敵に冷酷非道と喧伝される信長が、
けしてそうではなく、
天下人にふさわしい慈愛の主だと、
仙千代はあらためて誇らしかった。




 
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