第79話 岩鏡の花(11)水精山②

文字数 1,254文字

 仙千代が男滝と呼ばれている山一番の大滝へ行くと、
相当な高低差の瀑布で、
昨日が雨天であったせいか、
水量、飛沫、音が豪快で、
伴で来ている彦七郎、彦八郎、重勝ら、
皆で思わず声を上げ、

 「爽快じゃなあ!」

 「この山は滝が多いと聞くが、
やはり、これは凄い」

 「あっ!殿!ほれ、そこに沢蟹が!」

 彦八郎の声に仙千代が足元を見ると沢蟹が居て、
目線を川へ移すと、
何人かの雑兵達が水に入って腰を屈め、
(もり)で何やら突いていた。

 その内の一人に仙千代が、

 「何が獲れる」

 と訊くと、

 「滝壺の底がえぐれた箇所に、
これらが!」

 と岸に近寄って魚篭(びく)を出した。

 その顔は釣果にほころんでいる。

 「ほう、アマゴか!」

 焼けば白身がふっくらと香ばしい、
渓流魚だった。

 「沢蟹も仰山居るな」

 「はっ!
蟹も集め、味噌汁にしようと思っとります」

 兵糧が支給されるとはいえ、
城攻めのような長期戦では現地調達も不可欠だった。

 兵達は滝周辺の警備にあたっているらしく、
仙千代が近侍衆だと今更ながら気付いたものか、

 「もっ、申し訳ございません!
御役目の途中に、このような……」

 と目を伏せたので、

 「構わぬ。
腹が減っては何とかだ。
他の者が持場の警護を(しか)としておるなら良しだ」

 「ははっ!」

 「大いに獲れ。
ただ、根絶やしにしてはならぬぞ。
明日も明後日もある。
この地の者も、いずれまた山に入るでな」

 「はは!」

 仙千代の言葉に背をぴんとさせた若い雑兵は、
その拍子に魚篭が揺れ、
中の魚を川へ落としてしまった。

 「ああっ!せっかくの!」

 「あっ!儂が声を掛けたばかりに」

 「左様なことは!」

 「あい済まぬ。
退散しよう。邪魔をした」

 「いえ、左様なことは!」

 と言いつつも若者は釣果挽回とばかり、
再び夢中になって川底を銛で突き出した。

 実際、山を囲む原全体が防備されているので、
夕餉の支度で漁をしていたからと、
目くじらを立てるまではないことだった。

 一滝から上がると二滝があって、
二本の瀑布が並び落ちる様が壮観だと竹丸から聞いていた。

 二滝は小ぶりな渓谷に、
高さを違えた二本の瀑布が落ちていて、
こちらも初夏の今、水量豊富で迫力があった。

 「魚影が見えぬなあ、ここは!」

 「底から泡が立っておりますな!
飛沫(しぶき)が何とも!」

 彦七郎と彦八郎が大声で言い合っていると、
尚も大きな声が滝の上から轟いた。
 重勝だった。

 「彦七、彦八!」

 「おう、何じゃ!」

 「いつの間にそんな所へ!」

 滝の上の岩場から、重勝が何やら投げて寄越した。

 「わあ!何だ!」

 「何と!これは大アマゴ!巨大じゃな!」

 「手づかみじゃ!いくらでも()る!」

 投げられた大アマゴにも驚いたが、
志多羅でも武田兵の追討で山へ入った重勝が、
そうとは知らず珍鳥 仏法僧を射て、
持ち帰ったことを思い出し、
寡黙であるだけに、いっそう不思議な男だと、
仙千代はしみじみ感じた。

 初夏の青空が樹々の合間に見えていた。

 水に足を浸すと心地よかった。

 仙千代は小者に着物や腰物を預けると、
泳いで滝に近付いて行った。

 


 
 

 



 

 




 

 

 
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