第43話 父子の朝餉(3)

文字数 898文字

 朝餉には信長、信忠以外に信雄(のぶかつ)
河尻秀隆、菅谷長頼、長谷川竹丸、
仙千代が同席していた。

 信雄は養子で入っている伊勢の田丸城へ
熱田湊からこのあと海路で向かうので、
信忠が何も発せず、
様々に思い巡らせているような様子であっても、
岩村城攻略については淡い関心を装うように、
黙々と食事を進めていた。

 養子という体裁を取りつつも実態は、
織田家が伊勢支配を強める為に田丸城に送り込まれた信雄は、
信雄なりの焦燥や懊悩があるに違いなく、
それこそ岩村城に遣られた御坊丸と似た境遇だった。

 信忠が箸を置き、黙りこくり、
弟はいつも通り旺盛な食欲で膳を平らげている。

 とはいえ、朝餉の席なのだから、
信雄が兄に対して非礼であると言うことはできない。
 食すべき時に食さないのは信忠の側だった。

 仙千代は信忠の苦悩を思った。
いや、誰もが信忠の苦しみを察していた。
 信長さえもそれは同じで、
何かと気の(はや)る信長が、
信忠の長い沈黙に叱責を与えなかった。

 十八歳の信忠が大叔母の城を、
総大将として攻めようというのであるから、
辛さ、迷いはあって当然だった。

 信長は粥を食べ終え、白湯を口に含んでは、
一つ二つ、塩大根を噛んだ。

 信忠軍に付けられた副将、河尻秀隆が、
沈黙を破る助け舟を出した。

 「岩村城攻めは徳川軍にも合力要請し、
長篠、志多羅の合戦同様、
両軍が巧妙なる連携をもって攻め立てる所存、
努々(ゆめゆめ)油断は禁物なれど、
上様の鬱憤を晴らす好機にこの与兵衛尉(よひょうえ)
血湧き肉躍る思いでござる。
浜松殿も異父弟(おとうと)の源三郎康俊殿の恨みがあります故に、
援軍を快く受けて下されたと聞き申す」

 秀隆は信長が兄とも慕う譜代の臣下で、
昨年の長島一向一揆征圧戦の合間にも、
体調を崩していた秀隆が岐阜に後詰で残った為に、
戦況を伝える書状を出した折には、
砦の見事さを秀隆に見せられないのが残念でならぬ、
また気掛かりなのは秀隆の身体である、
何よりもまず養生を第一にせよと、
濃やかな配慮を見せていた。

 「うむ。で、あったな。確かに」

 信長は秀隆の言に我が意を得たりと頷いた。

 信雄が、

 「与兵衛(よひょう)、浜松殿の恨みとは何じゃ」

 と訊いた。

 仙千代もその件は詳細を知らないことだった。

 
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