第122話 若僧(4)興福寺④

文字数 648文字

 「元尚殿が義尊殿をよくお支えになり、
感服しておりました」

 晴道がまたも晴れやかな笑顔を見せた。

 「若公も元尚殿も幼子ですゆえ、
時に諍いめいた真似をして、
果ては泣いたり喚いたり。
なれど、終いには二人で丸まって寝てしまい、
そのような姿はまるで真の御兄弟。
私と同じく元尚殿も若公に一生お仕えするのです」

 晴道は仏門に入って尚、
二百年以上続いた足利幕府の側用人としての矜持を持していた。
 僧衣に身を包んでいようとも、
心は武士(もののふ)なのだと仙千代は知った。

 「若公に従う身にて、
常は表に出ることはございません。
此度は万見殿の来訪を知り、じっとしておられず、
このように。
次はいつ、何処でお会いできるものやら」

 一個の人として礼を返した晴道と、
思いを受け止めた仙千代だった。
 しかし、三度目の邂逅は、
もしや、戦場であるのやもしれなかった。

 その時、晴道殿は足利軍、
この身は織田軍……

 仙千代の思うところを察したであろう晴道は、

 「何処までいこうとも、
ただ若公をお護りするのみ。
されど、万見殿の息災を願う心に偽りはございません。
何卒、無病健在でお過ごし下さい」

 と結んだ。

 いつか刃を交えるかもしれない晴道だった。
 それでも仙千代は心からの言葉を受け取って、
苦難の路を歩み通してきた若僧に、
(こうべ)を垂れた。

 織田家、(ばん)家の一行が発つ支度で、
武具が鳴り、馬が(いなな)いて、
場は(かまびす)しかった。
 仙千代と晴道、二人の間は静穏だった。
 今は今、明日は明日。
今日のこの日は仙千代にとり晴道は友、
晴道にも仙千代は友なのだった。




 


 

 
 

 



 


 
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