第137話 三つの城(6)坂本城⑤

文字数 682文字

 また秀吉は、光秀の義妹(いもうと)が、
信長の側室として織田家に入っていることを、
快く思っていなかった。
 於つまきという名のその女御は、
光秀の(つま)の妹であるだけに相応の年配で、
信長との間に子は居なかった。
 だが、義兄の光秀が幕府と(ちか)ったことに由来して、
京や大和に知った顔が少なくなく、
朝廷で言うところの女官のような役目を担い、
信長は寺社や公家衆について時に尋ね、
有用な情報を得て、
稀には交渉事の橋渡しをさせた。

 「尊い織田家の御血筋と、
儂とて縁の繋がる大望を抱かぬではない。
が、所詮、恐れ多い……叶わぬ夢じゃ。
それを明智めは貴人でもないに京風(みやこかぜ)を吹かせ、
子も成せぬような齢の義妹(いもうと)
上様の御傍女(おそばめ)として入れ、
御正室 鷺山殿が鷹揚であらせられるのを良いことに、
その女御は奥で大きな顔をしておるというではないか。
兄が兄なら義妹も義妹。
まったく油断ならぬのう!」

 主と家臣が閨閥を結ぶ、
男児を養子に入れる、
または預かって育てるということは当たり前に行われていて、
光秀の義妹が信長の側室になったことに違和を覚える必要は、
一切ないことだった。
 どうかすれば、
主が孕ませた女人を家臣に与え、
娶った家臣は出世を果たし、
子が男子であれば嫡子となって家督を継いだ。

 於つまきへの罵りを耳にして、
未熟に過ぎた仙千代は、
この時だけは、つい言ってしまった。

 「於つまき殿が大きな顔をされているのを見たことは、
ついぞございません」

 事実、於つまきは控え目な振舞の人だった。

 秀吉が紅潮し、
表情ががらりと変わった。

 「仙殿っ!」

 「はっ、はい!」

 「殊勝な顏をしているからと、
そ奴が殊勝だとは限らぬのですぞ!」

 
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