第272話 祝賀の日々(2)鷹と馬②

文字数 911文字

 二条の妙覚寺に泊まった信長は、
連日、摂家、清華家、大名の挨拶を受け、
座を立つ間もない程に日中を過ごし、
夕刻は夕刻で、宴が続いた。

 十九日、特筆すべき献上品があった。
 奥羽の伊達輝宗により名馬がんぜき黒、
白石鹿毛(しらいしかげ)の二頭、
鶴取りの鷹 二羽が、
鷹匠、馬添いを伴って、贈られてきた。
 中でも鹿毛は駿馬として名を馳せており、
「竜の子」の異名をとっていた。
 信長はたいそう気に入り、
村井貞勝に命じて鷹匠、馬添いを供応し、
輝宗への返書に記した礼の品は、
虎の皮五枚、豹の皮五枚、
緞子(どんす)十巻、しじら二十反、
使者には黄金二枚を賜った。

 輝宗への返礼品の手配を済ませた仙千代が筆を置き、

 「伊達公は、
聞きしに勝る外交上手な御方でいらっしゃいますね」

 と秀政に投げるでもなく投げると、
秀政もニマっと笑った。

 「まったくだ。
諸将のように岐阜へ届けられても良かろうものを、
敢えて京へ。
名馬「竜の子」といい、
強健で鳴らす東北の鷹といい、
帝の御膝元で衆目を集め、
己の名を高めんとする目論見だ。
 上様とて重々そこは見え透いて、
万事承知でおられようが、
ならばと虎皮、豹皮、
緞子といった目の玉が飛び出る品々を贈り返される。
 見栄と面子の張り合い、凄まじきものよ」

 「見栄と面子。なるほど」

 仙千代は同意して微笑し、
頷くばかりだった。
 虎も豹も存在すら知らぬ者が世では多数であるのに、
皮を五枚づつという大盤振る舞い、
また大陸を発祥とした緞子は、
近頃、西陣辺りで(みん)の製法を真似、
織製が始まって、
文様の華やかさ、生地の高級であることは、
貴族、大名のみならず、
大商人、また高位の僧侶の垂涎で、
特別な人気を博していた。

 「越前平定が成り、昨今、上様は、
東北にとりわけ関心を寄せておられるようにお見受け致します。
 やはり越前の次は加賀、能登、
そして尚も北の地へ覇権を進められるということでしょうか」

 仙千代の問い掛けに秀政も筆を置き、
小姓に筆記具を片付けさせた。

 仙千代は秀政の見解を知っておきたく、
言葉を待った。
 信長に直に尋ねれば良いことである上、
信長の常日頃を始終見ている者にすれば
大方予想はつくことながら、
最側近同士、
考えを確とすり合わせておくことは重要だった。

 
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