第421話 新たな従弟

文字数 1,211文字

 信忠主催の茶の湯は織田家の先々を担う英俊揃いの中、
幼い客人、酒井九十郎や新顔の小姓達により、
新鮮にして温もりを帯びた一席となり、
誰も微笑の内に(いとま)を告げていった。

 「心に残るひと時でございましたな。
この源五、良き日に居合わせました」

 長益は通名を源五、または源五郎といった。
 
 「温暖なる知多大草(ちたおおくさ)では見られぬ氷瀑(ひょうばく)
しかも珍しく半分のみ凍り、清らかに水が流れる。
 侘助(わびすけ)椿の薄桃色が青空に映え、
天然はまさに偉大な師。
 この朝は忘れ得ぬものとなりました」

 長益が好む太郎冠者椿は別名を侘助と言った。
 その椿が彩を添える庭園に長頼、秀政、仙千代ら、
客達が談笑の後ろ姿を見せ、遠ざかってゆく。

 残っているのは片付けを行っている信忠の小姓衆で、
清蔵、三郎、勝丸、藤丸だった。
 加えて長谷川秀一も居残っており、
先般、祝言の折、信忠から祝いの品を賜った件、
丁寧に挨拶を受けた。
 既に礼状を受け取っていたが今朝こうして顔を合わせ、
秀一としては改めて口頭で礼を述べたのだった。

 「久しく御目に掛かっておらず、
岐阜の殿がお懐かしいと(つま)が申しておりました」

 秀一の正室は信忠には従妹(いとこ)にあたり、
その両親は共に織田家の濃縁だった。
 舅、飯尾尚清(ひさきよ)は縁者が公卿にも繋がる家柄であることから
織田家当主となった信忠を槍働きのみならず、
交渉事で今後いっそう支えるべく期待されていた。

 「於華(おはる)は意中の婿を得て幸せ者じゃ。
うむ、前に会うたは……確か三年前であったか。
飯尾家の知行、奥田に鷹狩りで出向いた折、
城で茶を馳走になった。
 三年……顔を見ようと互いに直ぐには分からぬやもしれぬ。
されど健勝なるは何よりだ」

 「今は北方(きたがた)の我が家と奥田を行き来し、
安土へ移る支度をしております。
上様の思召し(おぼしめし)により
家来は妻子を伴い向かうこととなっております故、
家人(けにん)にあれこれ指示を出しては
忙しくしておるようでございます」

 「着物も何もそうそう持ち込むでないと申し伝えよ。
新たな都とはいえ普請の為の家臣団屋敷が整備されたに過ぎず、
それも館というより宿所のようなもの。
 そこへ大そうな道具を持参されてもな」

 秀一の眉が下がったことに気付いた信忠が怪訝を浮かべると、

 「仰せの通りにございます。
そもそも我が家へも大した嫁入り道具でありまして、
部屋に入りきらず廊下にまで長持、調度が並び、
飯尾家の姫君とはいえ、これからは、
一、長谷川 竹の室なのだと言って聞かせたところでございます」

 と、ぼやきとも惚気ともつかぬ答えが返った。

 「道具には薙刀(なぎなた)もあったのではないか?」

 「はっ、それこそ数多ありまして、
かれこれ、十本、十五本は」

 信忠は声をあげ、笑った。

 「於華は薙刀の名手という故、
せいぜい振舞いに気を付けよ。
 華の機嫌を損ねれば薙刀で突かれかねぬぞ」

 新たな義従弟(いとこ)と軽口を交わしていると、
そこへ佐々清蔵を呼ぶ声がして視線を遣ると、
庭石の陰に半ば姿を隠すかのように山口小弁が居た。

 




 

 

 

 
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