第286話 武田勝頼 岩村進攻(1)焦燥

文字数 826文字

 信長が京を発ったのが霜月十四日深夜だった。
 馬を乗り継ぎ、翌十五日、
岐阜へ到着するなり軍備を整え次第、
岩村攻めの信忠を加勢すべく、
いや、救援すべく出馬の意志で仮眠も早々に自ら、
信長は各所に慌ただしく指示を発した。

 「上様、暫し、あと少々お休みくださいませ。
東濃は悪路が多く、難儀である上、
冬季にて、雪も(みぞれ)もありましょう」

 と(せわ)しい信長の背を追い掛ける仙千代も、
京から岐阜へ、急きに急いての帰還の疲労に加え、
信長同様、ろくに休んでいないため顔色優れず、
その実、戦況を慮って眼がぎらついていた。

 「知っておる!」

 信玄の遺言に従い、勝頼の嫡子、
つまり信長の養女にして姪である亡き龍勝院が生母の武王丸は
武田家の次期当主と決定しており、
血筋に劣るとされた勝頼は事実上、
家の頂点にありながら、
名目はあくまで武王丸の後見人だった。
 勝頼が自身の誇りを守り、
武王丸に家督を継がせるまで武田家内で勢力を保つには、
信玄同様、否、以上の力を内外に示さねばならず、
武王丸に代わり家を預かった後の勝頼の積極策は凄まじく、
信長、家康共に、
志多羅・長篠の戦いで勝利するまで敗北の山を築き、
家康は大きく版図を削られ、
信長はといえば東濃の城・砦を奪われること甚だしく、
(つい)に昨年初頭、信忠を伴い出陣したが、
地勢険しい難所続きで動きが思うにまかせずいる間に内応者が出て、
またも城を奪われて、
信長、信忠は為す術もなく岐阜へ帰還した。
 確かに勝頼の軍才は侮れず、
知略を有する武将であるが、
こと、東濃での一連の動きについては
山間での戦に不慣れな織田軍の弱点が出たと言って良く、
だからこそ信長は今も仙千代に、

 「急峻地の難渋を儂が知らぬと思うてか」

 と強く放った。

 夜の間、駆けに駆け、
岐阜に辿り着いた信長だった。
 休みも無しに立ち働く信長に仙千代が注進し、
語調厳しく返して仙千代を見ると押し黙っていた。
 仙千代とて東濃へは従軍、また、使者で行っており、
山間部での労苦は実地で体験している。



 

 
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