第55話 無官(1)

文字数 927文字

 既に信忠は領国の一部を継いでいた。
 領地内の訴えや係争を処理したり、
戦を賄う矢銭を徴収したり、
反抗勢力との和解を進める一方、
美濃の東部や飛騨に於いて武田から寝返り、
織田家に降りようという豪族や地侍など、
荘園主達との折衝もあった。

 三郎が武田勝頼の無官を口にすると、
やはり三郎同様、
書状を整理していた勝丸も加わった。

 「信玄入道は公卿の位を持っていたようですね」

 信忠も書状に目を通しつつ、応じた。
 
 「死後、贈位を賜り、
昇進したのものであるらしい」

 勝頼は四男である上、母方の家筋からいって、
本来、武田家を継承する立場になかった。
 ところが御家騒動が起き、
信玄の命により勝頼の嫡男が家名を継ぐことになり、
その子が成人するまでの間、
補佐する役目を帯びて、
事実上、武田家の当主となった。

 「戦をするに御旗(みはた)があれば戦意が揚がり、
正当性が増すというのであれば、
四郎も猟官活動をするのではないですか。
されど無官とは」

 勝丸が問うでもなく問うた。

 信忠は文書に花押を記しつつ、
答は三郎に任せた。

 「信玄公他界後の混乱が収束に傾き、
四郎勝頼が総大将となって駿河を落とし、
三河や美濃の一部まで支配した絶頂期、
朝廷に打診があったと聞いた」

 「であるにもかかわらず、位階の外とは」

 「何故だと勝は考える」

 勝丸は信忠が鷹狩り先で休んだ家の二男で、
算術が得意な賢い子だと紹介を受け、
顔立ちの美しさを信忠が気に入って小姓に召し寄せた。
 先達の三郎は明朗な性分で誰にも親しくし、
可愛がったが、
時に一部の小姓に対し良い顔をせず、
どうかすれば信忠に近寄せまいという振舞を見せることがあって、
理由を尋ねるとそうした者達は、
信忠の目に入らないところで裏表や怠け癖を見せ、
三郎としてはそのような者を、
信忠の側に置くわけにはいかないのだと言った。
 正直言って勝丸は、
信忠が容姿を好んで引き入れた小姓だったが、
三郎が目を掛けているところからしても、
性根の善さは折り紙付きであるのは間違いなく、
勝丸も三郎によく懐き、頼りにしていた。

 「求めながらも現に得られなかった。
ということは、拒まれたから……
でありましょう?」

 未だあどけない面立ちの勝丸が、
眉をひそめて三郎に確かめた。

 

 
 
 


 

 

 


 

 
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