第134話 三つの城(3)坂本城②

文字数 916文字

 光秀を悪し様に言って憚らぬ秀吉は、
顔色が幾らか白く見え、
積もりに積もった鬱憤を、
静かに吐き出すという態だった。

 「過去、延暦寺に、
重ねて和睦を勧めた上様は、
(つい)には最後、比叡山に容赦はするな、
根切にせよと仰った。
それは確かじゃ。
座主の覚恕(かくじょ)が、
(ただ)れた行いを慎み、欲を捨て、
仏の道に戻りますと神妙を見せれば、
手荒な真似はせぬと散々言うてきたものを聴き入れず、
あくまで抵抗したのであるから実際、
何をされても致し方は無い。
ただ儂は、明智に言うたんじゃ」

 常は闊達に振る舞う秀吉が渋面を崩さなかった。

 「覚恕は帝の異母弟(おとうと)
戦後を考えたなら手心を加えて損は無い。
浅井、朝倉の味方をし、
あろうことか朝倉の軍勢を匿って、
かつまた、武田と(よしみ)を結び、
女色に耽って酒に溺れる覚恕だが、
上様が怒りに任せて何と仰ろうとも、
最終的に上様の御為になるのなら、
多少の目こぼしも良いではないか。
矢雨を浴び、硝煙に(まみ)れる儂らこそ、
濃いも薄いも匙加減をして、
結果、最上等の収穫を上様に献じる。
それが臣下の務め、
忠節というものじゃないのかね」

 これを聴いた時の青く未熟であった仙千代は、
声こそ潜めがちであるものの、
秀吉の光秀への強い悪感情に触れ、
困惑しないではいられなかった。

 無論、家中に派閥というものはあり、
仙千代とて織田家中の家来衆や近侍達と、
関係の濃淡は当然にある。
 その因子となる要素には、
地縁、血縁、閨閥という核に加えて、
主君、直臣、陪臣という縦の線があり、
そこに織田家の家臣としての新旧や、
出自の上下、個々人の好悪が重なり、
それぞれが堅く結ばれ、
乱世の奇縁によって時に離れては散った。

 秀吉は、
急速に膨張した信長家臣団の中でも異色の男で、
とりわけ出自に至っては百姓ですらなく、
秀吉の母は各地を漂泊しつつ、
父親の違う子らを産んでは苦労して育てた。
 そのような秀吉に友誼を見せたのが、
今は柴田勝家の与力として働いている前田利家で、
現状、秀吉が一歩も二歩も前に進んでいるが、
元来、利家は、
尾張前田村の主の一族の出で、
身分に於いて秀吉が敵うものではなかった。
 二人は陽気な気風に於いてうまが合い、
妻同士の親しさも格別で、
このような仲の相手は秀吉には珍しかった。
 
 

 

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