第220話 北陸平定戦(12)青と赤の炎⑥

文字数 492文字

 朝倉義景は、
世子たる阿君丸(くまぎみまる)の謎の急死によって気を病んで、
鬱々とした日々を送り、
足利義昭を奉じての上洛が可能な状態ではなかったという。
 
 二十代の信長が初の上洛で謁見を賜った義昭の兄、
義輝は、
信長より尚、二歳年下の若き将軍だった。
 久しく御台所が嫡男を産むことのなかった足利家に於いて、
先代将軍と摂政関白家の血筋を誇る御台所の間に生まれ、
将軍を有名無実化する勢力と対決を続ける義輝は、
信長がそれまで目にしたことのない光を(たた)えた若者だった。
 義輝没後、
興福寺から出て還俗した実弟 義昭の幕府再興の野心を利用し、
支援者として上洛を果たした信長は、
義昭に義輝のような光貴を感じられず、
「尾張の田舎侍」と何処が違うのか、
いや、こちらが一等上だと(よぎ)ったことは間違いなかった。

 息子の死を悲しみ、
倦んで家を滅ぼした義景も、
優れた剣士、政略家でありながら、
(はかりごと)に命を落とした義輝も、
忘恩の振舞が目に余り、
説いて聞かせても改心せず都落ちの義昭も、
もう信長の前には居ない。

 廃れるがままの朝倉館が秋の西日を受けていた。
 
 「哀れ、朝倉」という信長の呟きに、
穏やかな声が返った。

 「上様」

 仙千代だった。

 
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