第37話 熱田 羽城(8)加藤邸⑧

文字数 764文字

 若い時代の信長は、
寵愛していた小姓が同時に幾人も居て、
時にそれら小姓同士で深刻な諍いを招いたことが苦い経験となった。
 教訓を得て以降は、
織田家が急な躍進を遂げる時期であったこともあり、
子作りに重きを置いて過ごし、
閨房を共にする小姓は常に一人か二人、
事情によって多くなっても三人がせいぜいだった。
 血気盛んな年頃の男子が嫉妬を元凶として係争となり、
信長の勘気に触れて、
有望な将来を失うようなことがあってはならない。

 竹丸は確かに譜代の一族だった。
 叔父は信長のかつての小姓で馬廻り、
父親もまた重臣で、
美濃と尾張を結ぶ大きな船着場に知行を得ている。
 が、父の長谷川与次は、
軍事よりむしろ教養に優れた人物で、
覇権を目指す戦闘集団である織田家に於いて
一勢力を成しているとは言えなかった。

 竹丸の器量を生かすには、
信長が閨房に入れて寵愛を示し、
出世街道に乗せることが最も適当だった。
 
 小姓に限らず側室も、
選ぶ際には家中の力関係や
対外的な影響を考慮しなければならない。

 例えば竹丸の前には、
堀秀政がその役目を帯びていた。
 秀政は容姿に優れ、聡明でありながら、
家筋がさほど有力でなかったことから、
信長は菊千代という名であった秀政を寵童として扱い、
箔を付けさせ、今に至っている。

 本来なら秀政の後、
夜伽を務める小姓は竹丸だけで良かったはずであったのを、
仙千代が現れて、
閨房を共にする小姓は二人となった。

 「上様は以前、
仙千代に妬かぬのかとお尋ねになりました」

 「であったかな」

 会話は覚えていたが軽く受け流した。
 竹丸の答も記憶していて、
主が気に染む相手を助ければ自分の得点になる、
簡単な算術だというものだった。

 「左様なお尋ねをなさった上様が
意外でございました」

 「意外?」

 「私と仙千代が険悪であったなら、
上様は如何なさったのです」

 








 


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