第389話 旅立ち(1)小弁①

文字数 699文字

 師走の日没は早い。
 岐阜への帰還が一日遅れた仙千代は、
陽が頭上にある内に出立しようと支度を済ませ、
万見の養父母(ふぼ)や妹の美稲(みね)
また見送りにやって来た近隣住まいの姉達に囲まれ、
当分の別れを告げた。

 姉達は、

 「まあ。安土なるところへ移られるのか」

 「何と岐阜より遠方へ」

 「新たな御城を築かれるのですね」

 「大湖(おおうみ)を見下ろす御城。
さぞ壮麗でございましょう」

 「いつか是非にもこの目で」

 「岐阜、安土、そして京と回って」

 「まあ、夢のよう!」

 すると養母(はは)が、

 「これ。
御役目なのですよ、仙千代殿は。
遊山ではないのですよ。
天下一の御城を築くとなれば多くの困難がありましょう、
姉たる者達が野次馬根性でどうします」

 と叱る真似をした。
 
 姉達は既に嫁し、子を育てる身の者も居るというに、
皆で集まると自然、娘時代に戻って賑やかになる。
 そのような中、毎度のことながら、
仙千代を見送るというと必ず泣き面になる美稲が
今日も目を真っ赤にしていた。
 
 養母が美稲を抱き寄せ、

 「兄上に笑顔でお別れなさい。
笑顔が何よりの(はなむけ)ですよ」

 と言い、その養母も声が震えていた。

 養父(ちち)は、

 「無理はするな。
かつて、左様に言って送り出した。
 が、今は……」

 仙千代が思いを酌んで先を告げた。

 「父上こそ、御無理なさいませんように」

 養父は笑った。

 「と、言われる身になってしまった。
いつしか、背丈も並んでな」

 兵太をはじめとする使用人達、
そして村の衆も徐々に万見屋敷に集まり、
前回同様、結構な見送りとなった。

 と、村人達の奥から姿を見せたのが小弁だった。
 ふらつく足取り、素足に草履も無しで、
取るものもとりあえずという恰好だった。



 

 

 



 
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