第69話 岩鏡の花(1)検使①

文字数 995文字

 東美濃 岩村城の周りには、
多くの支城や砦があって、
信忠軍は、
一帯の武田の陣地を逐次、攻略していくと同時、
山城である岩村城を睥睨するかのように、
東に聳える水晶山に山陣と本陣を築き、
三万の兵で包囲して城攻めに入った。

 先に東濃へ入っていた河尻秀隆は、
竹丸ら、陣場奉行の働きが抜かりなく、
堀、建屋など、
すべて申し分なく仕上がったと、
到着早々の仙千代に伝えた。

 美濃入り前、
仙千代は酒井忠次の鵜飼い饗応を済ませ、
その二男である六歳の九十郎を岐阜に迎えると、
慣れぬ環境のせいか、または遠慮か、
屋内にこもりがちであった九十郎を案じ、
九十郎の御伴衆共々、
連日、城下を案内したり、
邸に招いて食事を共にしたりした。
 
 九十郎には縁者である、
夫を亡くした乳母が居て、
乳母は子である小さな男児を伴っていた。

 とある日、
仙千代が子供時代の遊戯を思い出し、
二本の竹に横板を付けて乗って遊ぶ、
「高足」を見せると、
九十郎は、
葉枝のついた竹に紐を結び、馬に見立て、
引きずって走る遊びは知っているが、
仙千代がした高足は初めて見たと言う。

 仙千代は九十郎と乳兄弟の男児に、
幼児向きの大きさで二人分の高足を作ってやって、
柔らかな草地を選んで、遊ばせた。

 若君を預かっている御伴衆は、
そのような庶民の遊びは下世話だと思うのか、
または幼子には危険だと危ぶむのか、
良い顔をしなかった。

 しかし、子供達は底抜けの笑顔になって、
相手をしている仙千代が、

 「さあ、今日はおしまいです。
もう少しやりたい、
もうちょっとと思うところで止めておけば、
明日を楽しみに今夜一晩過ごせるのですよ」

 と言っても、
なかなか竹を手離さなず、
自らが持って屋敷へ帰る程だった。

 仙千代が岩村城に出向く為、
挨拶に行くと九十郎は寂し気な顏をした。

 「近く、この万見仙千代の弟達が、
岐阜へやって来まする」

 「はい」

 仙千代の弟達が奉公で岐阜に来ることは、
信長の許しを既に得ていて、
岩村城から帰還する頃、
その二人とは、
何年かぶりの再会を果たすことになっていた。

 「九十郎殿、その時は、
是非にも仲良う、お頼み申し上げます。
高足競争も、人数が多いほど、
興趣がありますよ」

 そのように仙千代が言うと、
どれだけ分かっているのか、いないのか、
髪を揺らしてこっくり頷き、
人質として預かった九十郎であるだけに、
織田家と徳川家の間に、
けして争いが起こらぬようにと、
仙千代は心中で願った。
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