第120話 若僧(2)興福寺②

文字数 650文字

 「名乗り遅れました。
晴道(せいどう)と申します。
前は同じ字で、はるみちと呼ばれておりました」

 仙千代は傾聴し、頷いた。

 「いつか礼をと思っておりました。
御心遣いに威嚇で返したことが消えず、
もし万見殿と再会なれば、
二年前の非礼、是非にも詫びねばと」

 一歩下がって頭を垂れる晴道を仙千代は制した。

 「あの節、乳母殿が振り返り、
黙礼して下さった。
そこで終わった話でございます」

 胸のつかえがおりたとでもいうように、
晴道がそれこそ、晴れ晴れとした顔をした。

 「万見殿の山吹は若公の身となり薬となって、
道中、大いに助けとなりました」

 山吹は鮮やかな黄色い花で、
仙千代から受けた黄金を指していた。
 
 花の御所の住人であるべき将軍家が戦に敗れ、
貧者の群れの如く、無一物での惨めな旅路で、
「山吹」が幼い命を繋ぐ一助になったと
晴道は言いたいのだった。

 「若公の粥や布を買い求めた折、
羽柴殿から付けられた見張り役に咎めを受けました。
いや、これは万見殿からの金子(きんす)であると申したところ、
相手は引き下がり、以後、
咎め立てはなく、
若公が身を細めたり、皮膚を汚すこともなく、
無事に若江の城に……」

 義昭一行が留め置かれた若江城では、
信長の下知を受けた秀吉により本格的な戦後処理が行われ、
義昭、さこ姫、義尊、家臣らの愁嘆場となったはずで、
二年前の景色が(よぎ)ったものか、
晴道の目に潤みが浮かんだようだった。

 堪えた涙を見られることは晴道にとり
いっそうの辛さだろうと慮り、
仙千代は、

 「元尚(げんしょう)殿も健勝でいらっしゃいますね」

 と声を明るくして言った。




 
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