第334話 「秀」

文字数 809文字

 秀政ははじめ、
丹羽長秀の義弟にして信長の近侍、大津長昌の小姓となって、
次に羽柴秀吉の配下へ移り、
やがて秀吉の推挙で信長の許へと移り、
頭角を現した。
 秀政の旧主、秀吉は、
今でこそ長浜城主であるものの、
元が草の根の民であったから、
姓は無い上、名も、
織田家先代、信秀の「秀」を林秀貞、平手政秀など、
多くの家臣が継いでいるところに目を付けて、
半ばどさくさまぎれで秀吉と名乗ることにした。

 ある時、

 「秀吉の吉は、日吉なる幼名が元であるのか」

 と食後の白湯を啜りつつ、
信長が思い付いたように尋ねるでもなく尋ねた際、

 「心の中では殿の御幼名、吉法師様の吉だと思うております。
同じ吉でも日吉の吉と吉法師様の吉では、
天と地、雲泥の差でございます!」

 と(のたま)い、秀吉の如何にもあっけらかんとした(おもね)りに、
信長も苦笑を禁じ得なかった。
 「羽柴」も「秀吉」も、
草を枕に過ごした男の体裁なんぞ何するものぞとでもいうような
必死の生が見て取れた。
 武士にとり、それ程に名は大切なものだった。

 ……「ははっ!遠慮も過ぎたるは見苦しきもの。
申し訳ございませぬ。
 長谷川竹の烏帽子親、
有り難く務めさせていただきまする!」

 秀政が平伏すると、満足気な信長は、

 「仙千代。どうじゃ。
似合いであろう、久太郎に竹丸は」

 「はっ!菊に竹。
如何にも清々しき様でございます!」

 秀政の幼名、菊千代に、仙千代は掛けた。

 「ほう!巧いことを言う」

 信長は機嫌を上げて笑った。

 珍しいことではないながら、
実際、兄と弟という齢の差の秀政、竹丸は仮の親子となって、
秀政は竹丸を後見し、
竹丸は秀政に忠誠を尽くす間柄となった。
 ここに、
信長の姪にして養女の姫を正室とする長秀を頭に、
祖父の代から織田家に籍を置き、
連枝衆同様の地位にある菅谷長頼を加え、
大津長昌、羽柴秀吉、堀秀政、
長谷川竹丸こと、長谷川秀一と繋がって、
家中に於いて極めて有力な一本の道筋が示された。
 




 
 


 



 





 
 

 

 


 
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