第218話 北陸平定戦(10)青と赤の炎④

文字数 817文字

 十五日から十九日までで、
諸部隊が生け捕りにして信長に差し出した敵は、
一万二百五十人余となった。
 信長は小姓衆に命じてそれらを斬首させ、
諸将は他にも捕虜にして国へ男女を連行した。
 織田軍が敗北したならば、
同様の憂き目に遭うは必定で、
信長は勝利によって、
配下や領民の安寧を、
確かなものとして手に入れた。
 
 二十三日、
信長は一乗谷に馬を進めた。
 朝倉家の本拠地であった一乗谷は、
豊かな城下町が形成され、
亡き義景の京趣味からなる館や庭が、
美麗を競っていたという。
 信長が宿陣したこの頃は、
朝倉家の旧臣で、
信長の朝倉攻めで功があり、
「長」の一文字を与えた桂田長俊が守護代を務めていたものの、
朝倉家の他の家臣や一向門徒の反感を買い、
一族皆殺しの憂き目に遭って、
華やかさは色を失っていた。

 かつて、足利義昭を迎え入れ、
元服の儀まで行って親身に世話をし、
三年の間、
流浪の将軍の座所となっていた朝倉家の本拠、
一乗谷の寂れように信長が、
 
 「住む主のない城館は廃れ、
名園は草木で荒れ放題、
厩舎に(いなな)きは聴こえず、
築くは労苦だが滅亡は瞬く間のこと。
まさに砂上の楼閣であったのか」

 と呟くと菅谷長頼が、

 「曲水宴も催され、
たいした栄華であったとか」

 と応えた。

 義景、長政の挟撃で敗残の将となり、
僅か十数騎で命からがら京へ戻った信長は、
翌日、何食わぬ顔をして
朝廷の遣いの相手をしたが、
ふとした時に何の前触れもなく嫌な汗が滲み、
その都度、顔も知らぬ義景の哄笑が聴こえ、
怒りの刃が激情を(さいな)んだ。

 主を失った一乗谷に、
今は織田軍が快進撃の途、陣を置いている。

 「公家であればここらで一首、
何ぞ詠むべき寂寞たる眺め」

 長頼を受けて信長は、

 「足利家 三管領の一つ、
斯波氏に越前で仕えた武士集団が
朝倉家の始まりだという。
織田家とは越前国、
また斯波氏の旧臣という共通項がある。
確か家紋も互いに木瓜。
義景を箔濃(はくだみ)でしか知らぬ儂が、
こうしてここに立っておる。
奇縁とはこれか」

 
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