第124話 早舟(2)湯浴み①

文字数 977文字

 水無月が常夏月、風待ち月とも呼ばれる通り、
蒸し暑く、そよとも風の吹かない午後、
仙千代が三郎に書状を書き終えたところ、
信長が相国寺に入った。

 先だって、武田勝頼に圧勝し、
嫡子 信忠が、
岩村城奪還という重要な軍事行動に父無しの単独で赴き、
着実に秋山虎繁を追い詰めている戦況の日々、
信長は人生の実りを収穫する時が近付いていた。
 安土に城を築くこともその一環で、
信長は今回の上洛中に築城の為の棟梁や職人の選定を行うことを、
蹴鞠の会などよりも楽しみにしているように
仙千代には映った。

 はたして、相国寺に現れた信長は、
昨日、丹羽長秀の佐和山城で休息の折、
大工や石工について畿内在住の長秀から色々と話を仕入れ、
それが余ほど興趣をそそられるものだったか、
大いに機嫌が良く、

 「仙千代!先に来ておったか。
おお、ずいぶん日に焼けた。
大和も暑かったとみえる」

 と、迎えた仙千代に笑顔を向け、
立ったまま水を飲みつつ、
長秀とのやり取りを聞かせた。

 信長の生涯で最も寵愛を傾けた一人と言っても過言ではない
長秀で、信長は長秀に与えた佐和山城には、
美濃と京の行き来の際、ほぼ必ず立ち寄っていた。
 そのような長秀と胸躍る築城計画を交わしたのであるから、
仙千代相手に信長の演説はなかなか止まらなかった。

 相国寺で信長を待ち受けていた小姓達が
ソワソワしているのに気付いた仙千代は、
合間を見付けて、

 「湯浴みにいらっしゃいますか」

 と訊いた。

 「そうだ、大和の話を聞かねばなるまい。
仙も付いてまいれ」

 せっかちな主に慣れている身として、

 「では、上様が身を清めておられる間に報告致します」

 と答え、仙千代は、
信長が年少の小姓達の世話を受けている横で、
やはり浴衣となって湯気にあたりつつ、
大和での見聞を伝えた。
 戦況や諸情勢についてももちろん知らせたが、
それらは早晩、他の経路からも耳に入らないではなく、

 「ふうむ。義昭の子に会ったと申すか」

 と、信長は義尊と仙千代の面会に強い興味を示した。

 「健やかなる成長ぶり、
末はもしや悪僧かと思わせられるほど」

 「寺へ入れた後、
誰もあの赤子のことを申さなんだ。
が、確かに気に留めておくべきものではある」

 「はい」

 「それに……」

 仙千代を見た信長の眼が光った。

 「仙千代。上手いこと、やりよったな」

 「上手いこと?」

 「義尊に会うたことよ」

 


 



 


 
 







 
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