第326話 秋田城介

文字数 1,025文字

 信長は父 信秀の病没に伴い、
今の信忠と同じく十八で家督を継いで那古野城主となり、
尾張守護代であった格上の清須織田家との対立のみならず、
末森城主である弟 信行を推す勢力を家中に抱え、
更に武田家、今川家という大大名に圧迫されて、
まさに四面楚歌の中、十代末期を送った。
 遡ること数年、信長十五の折、
長年敵対していた斎藤道三との和睦に
亡き平手政秀がこぎつけ、
道三の娘、つまり於濃と信長の婚姻を成立させたことは、
信長にとりまったく幸いで、
たった一度の邂逅ながら舅と婿の間に結ばれた友誼は、
結果、信長の現在に繋がる大きな僥倖であり、
そこには室、於濃の存在の重さも確実にあった。

 信忠と当時の自分を比較しようと詮無いが、
家督を継ぎはしたものの身内同士で争うという
苦境にあった我が身と比べ、
信忠の置かれた立場はずっと恵まれているように見え、
佐久間、柴田、林、河尻、丹羽、滝川、
羽柴、明智等など、
信長を仰ぐ直臣だけでも凄まじい顔触れであり、
そこへ各国の武将、公卿公家、
宗教権力者、豪商が(おの)が権益を死守せんと
織田家の旗の下へ日々参集している状況で、
それを思えば信忠は信忠で自らの働きにより、
父に勝るとも劣らぬ権威を確立してゆかねばならず、
道程がけして花の園ばかりでないと、
嫡男故の苦労を知る信長は信忠の行く末に思いを巡らせ、
半年ぶりの再会に勝利を祝う心からの言葉を並べ、

 「御身体は変わりござらんか。
背が伸びたようで、
もしや父を抜かしたかとも見受けられ、
何やら口惜しくもあるような」

 と父としての顏が丸出しになり、
長期の包囲戦に耐え、
敵城を陥落させた後継を今は手放しで寿いだ。

 この日、信忠は、
秋田城介(じょうのすけ)に就任し、公卿に列した。
 正式には去る七日、岐阜に勅状が届けられ、
信長は右大将、
二男 信雄(のぶかつ)は今後の伊勢攻略を見据え、
左近衛権中将(さこんえごんのちゅうじょう)となっていて、
信忠は凱旋し、吉報を知った格好だった。

 「秋田城介御補任、おめでとうございます!」

 「おめでとうございます!」

 居並ぶ重臣、小姓が一斉に声をあげた。
 秋田城介は(いにしえ)の時代、
かつて東北に存在した秋田城の長で、
帝の威光を北方域に知らしめ、
朝廷支配を確立させる為に設けられた
出先機関の最高職だった。
 西国や南国は既に丹羽長秀はじめ、
織田家の諸将が名族の名や官位を賜っていた。
 今回は新たに信忠が城介となり、
これにより未だ見ぬ最果ての国々も、
朝廷のお墨付きを得て、
織田家が支配を進めるという図が完成したことになる。

 

 

 


 


 



 

 

 

 

 
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