第228話 北陸平定戦(20)西方の鳥

文字数 551文字

 陽が傾きつつあった。
 西方は刑場だった。
 群れの(からす)(やかま)しく鳴いた。
 大湖(おおうみ)に生きた武門の頭領の絶命を
仙千代は知った。

 「南無阿弥陀仏(なむあみだぶ)……」

 安食(あじき)成願寺(じょうがんじ)に育った信定の読経が染みて流れた。
 仙千代も倣って唱えた。
 信定の天台宗、
仙千代の浄土宗は念仏を同じくしていた。

 暫くの後、目を開けると、
夕陽がいつにも増して紅かった。
 ふたたび仙千代は頭を垂れ、
手を合わせた。

 尾張守護 斯波氏に仕えたことを発端に
武人として生きてきた信定が
一個の死に消沈すべき場面ではないと知っていながら
員清の声なき声を聴いているかのようなその様に
仙千代もただ思いを寄せてじっと立ち尽くしていた。

 やがて信定が、

 「さ、万仙殿、行きなされ。
老体の感傷によう付き合って下さった。
上様がお呼びになる。
もうお戻りなされ」

 「老体など。
先だっても
総軍攻撃に加わっておられたではありませぬか」

 「元服した初孫が御弓衆として抜擢され、
いわば付き添いじゃ。
若武者の皆様方のお邪魔にならぬよう、
老人は右往左往しておった」

 「又助殿が御老体呼ばわりでは、
年嵩の他の大将方が気を害されましょう」

 「左様、左様」

 ようやく小さく微笑みを見せた信定だった。

 「ではまた。後ほど」

 「後ほど」

 挨拶をして別れた二人は、
確かにその後、ふたたび顔を合わせた。

 
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