第394話 御狂い(1)三人の行方

文字数 1,342文字

 翌日、朝まだき、

 ああ、ここは……
そうか、岐阜の邸だ……

 と徐々に目覚めた仙千代は、
朝の冷え込みに今一度身を縮めつつも、
覚醒するにつれ鯏浦(うぐいうら)から連れ帰った三人が蘇り、

 あの者共を如何致すか、
上様の御判断を仰がねば……

 と褥から出た。

 気配を察し、入室してきた銀吾、祥吉が、
仙千代の身支度を手伝い、髪を整えた。
 
 庭へ出て、井戸水で洗顔し、ようやく芯から覚めて、
渡された手拭いで顔を拭きつつ、

 「三人は?」

 と訊くと銀吾が、

 「兄上、それが、姿が見えぬのです。
いえ、一度は今朝、顔を見て、
挨拶を受けた後、粥を食べさせました。
 虎松、藤丸が朝稽古をしたいと申すので、
感心なことだと思い、外へ出しました」

 祥吉が、

 「小弁も一緒でした。
朝稽古の意味さえ量りかねている小弁に兄弟が、
下働きであろうとも武家では武術の嗜みがなくてはならん、
教えてやろうと言い、
感心して、木太刀を貸してやりました」

 確かに邸の前庭に居らず、
となれば、河畔へでも足を延ばしたのか。

 「けしからん。行く先も告げぬとは。
困ったものだ」

 仙千代が眉を(ひそ)めていると、
漆黒の空に茜が射して、東雲時となった。

 「何やら騒がしいな、今朝は」

 「お忘れですか。
今日は御狂(おくる)いですよ」

 「安土へ越される上様が、
岐阜の殿を交えてはこれが最後かということで、
今日この日、御狂いを催されるのです。
 兄上、お忘れでしたか」

 仙千代はすっかり失念していた。
この数日来、源吾の婚礼以後、
小弁や高橋兄弟の件に意識が回り、
岐阜での催事は頭から消えていた。

 「我らは寺や医者の家に入っておって、
御狂いなるもの、見たことも聞いたこともなく、
今朝は楽しみに指折り数えておったのです」

 「二人して馬の扱いは今ひとつです故、
此度は手伝いと見学ですが、
兄上が出場なさるのであれば声を枯らして応援致します」

 「兄上も出られますか」

 「如何なるものか、
胸が躍ってなりませぬ」

 御狂いとは信長が好んだ戯れで、
「狂う」とは激しく動き回る、必死になって奮闘する、
熱狂的に集中する等の意で、
この場合には信長が考案した、
気晴らしにしては激しい遊びを指していた。
 幼少時、信長は、
叔父である織田信光創建の
尾張 稲葉地の凌雲寺(りょううんじ)に手習いの為、一時、住まっており、
母の土田御前から金子(きんす)が届けられると、
共に学んでいた元服前の童達を二つに分けて戦わせ、
勝ち組のみならず、
戦法に工夫を凝らした者に褒美で与えた。
 疑似合戦は随分激しいものだったので、
伝え聞いた土田御前は、
書や墨、紙を購入するかと思って渡したものが、
そのように使われて、

 「吉法師殿の為さることよ」

 と呆れ半ばであったのを勝幡織田家当主 信秀も、
その弟にして稲葉地城主の信光も、
むしろ見どころがあると言い、
土田御前も幼い信長の武家の棟梁としての資質を
知らされたということだった。

 「御狂いか。
まあ、見れば分かる。
 儂は上様が出よと仰せになれば出る。
前回は落馬して失格と相成り。
 まこと情けなく、此度もし出れば汚名返上じゃ」

 それにつけても虎松、藤丸、小弁を
まずは見付けねばならない。
 あちらこちら、家人(けにん)も使って探索したが、
目的を果たせず、一旦腹ごしらえを済ませると、
仙千代は御狂いが行われる馬場へ向かった。

 
 

 
 


 



 





 

 

 




 


 
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