第311話 長良川畔(5)岐阜城の姫達③

文字数 900文字

 老侍女は於葉(およう)といった。

 「於葉殿。座られますか」

 秀政は平たい庭石に真っ新(まっさら)な手拭いを敷き、

 「どうぞ」

 と誘った。
 先代 信秀との間に信長、信行(のぶかつ)、秀孝、信包(のぶかね)
市、犬という四男二女をもうけ、
血筋にも財力にも恵まれた実家を持つ土田御前は
ここに至る織田家三代の躍進に大きな力となって、
大方殿様(おおかたどのさま)」とも敬称を受け、
その遠縁にあたり御前を支え続けた於葉はこの人もまた、
家中に於いて一目を置かれる存在だった。
 
 「ありがとう存じます。
寒い時期は脚が痺れて。
御前様より年下だというに、
情けないことでございます」

 「於葉様が控えてくださっているだけで、
御前様は心安らかであらせられるのだと思われますよ」

 「めっそうもないこと……」

 於葉は両の手で握り直した数珠に目を落とした。

 秀政も並んで座った。
 仙千代は秀政の脇に立ち、侍している。

 「こちらへ御前様がいらっしゃり、
いつしか皆様、集われたのですね」

 於葉は頷いた。

 「一心に祈っておられます。
祈ろうとも事態は変わらず、
悲しみが消えることもない。
なれど、祈らずにいられぬ御気持ちでいらっしゃる……」

 「はい……」

 「御夫君の沙汰が決定し、耳にされた於艶様……
気を失い、お倒れになられましたとか……」

 刑の執行は準備の途にあるが、
虎繫の逆さ磔の刑を知り、
於艶の方が失神したとは多忙にしていた仙千代は知らず、

 「今は御気丈にも静かに待っておられます、
その時を……」

 という秀政の返事を聴いて安堵すると同時、
いや、安堵も何もない、
於艶様は虎繫の刑に胸を抉られ、
自身もおそらく「その時」自害は許されず、
磔となる悲運にあって、
いったい何が安堵なのだと仙千代は心の臓が、
キリキリと締め上げられた。

 慌ただしくしておって、
於艶様に(まみ)えることもなくここに至ってしまった、
儂が於艶様を拝するのは刑場が初となるのか、
もし御顔を拝したとして、
如何なる思いを抱けば良いのか……
余りに無残なさだめじゃ、於艶の方様……

 於葉のか細い指が数珠に食い込むのを、
仙千代は見た。

 上様は確かにひどくお怒りではある、
なれど、お怒りばかりでないことは儂でも分かる……
 最もお辛いのは、もしや上様……


 

 


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