第310話 長良川畔(4)岐阜城の姫達②

文字数 770文字

 何処へ行き、何をすれば、
信長の言う、「見張る」になるのか。
 仙千代の困惑をよそに相変わらず秀政は速足だった。

 白銀を頂いた霊峰 御嶽山(おんたけさん)が周囲の峰々を従えて、
美濃の冬空の下、屹立している。
 冴えわたる大気。
 伊勢、飛騨、信濃、甲斐の山までくっきり映る。
 伊吹おろしも強い。

 「一歩進むにも難儀な風だ」

 と秀政。
 
 「そちらには霊所があるのみでは」

 と、びゅうびゅう吹く風に負けぬよう、
大きく呼び掛けた仙千代。
 秀政は、

 「皆様、其処にお集まりであらせられる。
必ずや」

 と振り返りもせず答え、仙千代は得心した。
 このような時、
土田御前はまず霊所に居られ、
御仏(みほとけ)を前に心を鎮めておられるに違いなく、
鷺山殿や御側室方、姫様方も自然思いを同じくして、
会しておられるのが道理というものだった。

 果たして霊所の内からは、
土田御前、鷺山殿の読経が聴かれた。

 部屋の前には新旧の女房五、六名が控えていた。
 女房達は秀政、仙千代を見とめると、
さっと両手を重ね、平伏した。
 秀政は中でも最も古参の女房を見遣り、
すると女房も視線に気付き、顔を上げ、
秀政の導きで庭へ出た。

 「皆様、祈っておられるのですね」

 と秀政に水を向けられた女房もまた、
数珠が掌にあった。
 土田御前の実家から御前の輿入れの際、
付けられてきた女房は、
往時、花嫁の妹のように愛くるしい娘であったであろうに、
今、白髪となって腰が曲がり、
未だ矍鑠(かくしゃく)たる御前の姉か叔母のようだった。
 老侍女は討死した夫が亡き大殿の近侍で、
二人の息子も後継を生さぬまま若くして戦死しており、
土田御前の喜びを喜びとし、悲しみを悲しみとするというような、
生涯を送った人だった。

 「上様が姫様達を心配なさり、
寄越されたのですか、御二人を」

 柔らかな眼差しを向けた老女に仙千代は今一度、会釈した。

 秀政と女房の会話が続いた。

 


 
 


 
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