第246話 勝家への訓令(4)養父と遺児

文字数 1,027文字

 柴田勝家は虚飾を好まず、
武将の中の武将という益荒男(ますらお)で、
信長との関係でいえば、
かつては信長の実弟の重臣として、
信長の家督相続に異論を唱える先鋒だった。
 当時の信長は奔放な振舞が収まらず、
織田家嫡男よりも二男を次期当主に推す声は強く、
勝家もその一人なのだった。
 やがて弟の大軍が兄の領土に攻め込む稲生(いのう)合戦が起こり、
数に勝った勝家軍は信長を窮地に陥れ、
あわや討死にまで追い詰めつつも、
信長が、

 「兄を弟が討つとは天が決して許されぬ!」

 と決死の大音声(だいおんじょう)を放つと、
嫡子に歯向かう我が身を恥じたか、
兵達は恐れをなして退いた。
 その後、主君が寵愛の若衆を偏重し、
家内を好きに任せる姿に絶望した勝家は、
信長に赦免を願い出て、
次なる信長暗殺計画を知らせると、
謀殺を未然に防ぎ、信長の信用を得た。
 
 信長は死をもって弟を処断した上、
遺児となった甥、信澄の養父に勝家を据えた。
 信澄は武芸に秀で、熱心な稽古の賜物で、
同齢の従兄弟、信忠同様、
新陰流免許皆伝の若き剣豪だった。
 長島一向一揆征圧戦では
勝家の補佐を得て初陣を果たし、
自ら敵を討ち取る勇猛を発揮して、
信長の称賛を浴びた。

 元来、不器用といっても良い質で、
調略は得意とせぬ勝家だった。
 その勝家が主君を謀殺に追い込まざるをえず、
遺児の傳役となった。
 信澄は父を死に追いやった伯父と重臣のもとで育った。
 二人は恩讐を遠い彼方として今に至り、
信長も両名の序列は常に織田家の上位に置いて、
厚遇は揺るがず、一貫していた。

 市江彦七郎が、

 「上様は甥御様を大変なお気に入りようで、
あのように勇猛に育ったことは、
柴田殿の養育の賜物だと仰り、
謀反を企てた御実弟の縁者たる御二人とはいえ、
軽んじられるどころか、
むしろ最も信厚く置いておられる。
 しかるに何故、
事細かな御指図をされるのでしょう」

 禁令とされた手猿楽は猿楽の中でも、
軽妙愉快なもので、
戯れが過ぎるきらいはあった。
 芝居も終演後には、
役者達の売春行為と裏表の部分があって、
淫靡、放蕩を連想させぬではなかった。
 
 「一向宗の地に於いて、
支配者たるもの、
いっそうの謹厳をもって治めねば、
またもの火の手は避けられぬと、
左様な憂慮を滲ませておられるのでしょうか。
 鷹狩りを禁じたことも、
地侍衆の知行に踏み込むこととなりかねず、
無用の警戒を避ける為。
 いずれにしても実に綿密な御指示ぶり。
 二郡を賜った御三人はこの彦七郎にさえ、
むしろ柴田殿の御目付役と見受けられます」

 

 




 

 


 
 
 

 
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