第288話 武田勝頼 岩村進攻(3)池田元助

文字数 1,099文字

 岩村からの使者は池田元助だった。
 元助は信長の乳兄弟、池田恒興の嫡男で、
元服前は勝九郎といい、若き日の父同様、
信長の小姓を務めていた。
 恒興に似て大らかな性格は敵を作らず、
同齢の仙千代も、
先に城で奉公していた当時の勝九郎の
分け隔てのない性分にどれほど助けられたか知れなかった。

 京から急遽戻った信長一行もさりながら、
岩村からの元助も、
如何にも駆けに駆けてきたという風体で、
従者共々、髪は乱れに乱れ、
何がどうなればそのようになるのか、
もしや一刻も早く着こうと道なき道も行路にあったか、
明らかに戦傷ではない鮮やかな血の痕が顔や手足にあった。

 使者の到着を知って急ぎ、縁に出た信長を認めるなり、
日頃おっとりした元助が土の上にさっと膝を折り、
挨拶の言上も無しに真っ先に告げた。

 「岩村城奪還、相なり申しました!」

 昨年初頭、
勝頼の威勢を削がんと厳寒の東濃へ出陣した信長父子は
地勢と気候に阻まれて進軍に難渋を極め、
手間取る内に城や砦を失って、
今回はこれまでと見切りをつけると小里(おり)に城を築かせ、
武田との最前線として池田恒興を城番に置いた。
 元助は恒興に従って小里に詰め、
恒興が越前へ遊軍として出征すると父の役目を継ぎ、
半年前からは水晶山に信忠軍を迎え入れて連携し、
後詰を担うと同時、交戦となれば援軍に出て、
元助こそ戦の経験は浅いにも関わらず、
総大将戦は初の信忠を精一杯、助けていた。

 「総大将、出羽介(でわのすけ)様以下、
大将殿全員御無事にて、御慶祝申し上げ仕ります!」

 この一言が織田勢の損傷の寡少を表しており、
仙千代が見上げる信長の肩の力が
一気に緩んだように映った。
 それは織田家総帥としての信長であり、
父としての信長でもあった。

 元助の到着に家来衆が集まって来て、
そこに斎藤新五郎利治の姿もあった。
 元助は元服と同時に婚儀があって、
(つま)は斎藤義龍の息女、
要は道三の孫娘であったから、
信長の正室とその弟である利治にとって元助は、
義理の甥という繋がりで、
かつ、元助の祖母は織田家先代の側室に入り、
信長の異母妹となる姫をもうけていたので、
池田家は織田家にとって、
忠節の絶対的岩盤層の中枢を成す家筋だった。

 「叔父上、お久しぶりでございます!」

 勝利までの顛末を知る元助は久々の利治に、つい破顔した。
 はっと公私の(わきま)えに気付くと元助は、

 「申し訳ございません!」

 と信長に平伏し、顔を下げたまま、

 「五日前、夜討ちを被り、水晶山が襲われました!」

 信長と一堂はただ次の言葉を待っている。

 「岩村兵は城の包囲の柵を突破し、夜襲をかけ、
我が軍の水晶山に攻め寄せて、
武田勝頼と合流し、
挟撃せんと打って出たのでございます!」

 


 




 


 


 
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