第411話 安土へ(2)弟達①

文字数 716文字

 「書を教えておるのは誰か」

 と、仙千代。
 織田家の小姓達は様々な分野で当代一流の師に付いて学ぶ。
 しかし小弁は武家の使用人の最下層であり、
苗字が無ければ読み書きも不能であって、
まして近侍である小姓とは身分に於いて雲泥の違いがあった。

 「藤丸殿が。
折を見て虎松殿も、時に」

 前は確かに虎、藤と呼んでいたはずだった。
 しかし近習となった高橋兄弟と今の小弁では、
敬称をつけぬわけにはゆかない定めではあった。
 が、仙千代はそれはどうでも良いことなのだと知っていた。
 例えば彦七郎、彦八郎は仙千代にとり兄弟にも似た間柄であり、
たとえ身分に上下が付こうと真では友であるままだった。

 「そうか。
この後、虎松は安土へ移る。
 寂しくなるが藤丸が居る。
 見込んで下さった佐々殿、
そして藤丸の助けを得、せいぜい精進せよ」

 「はい!御言葉、嬉しく存じます!」

 小弁は深々と頭を垂れた。
 草履から覗く足の指は霜焼で赤かった。
 小者仕事に水は付き物で、
小弁の働きぶりが想像された。
 仙千代は甘い顔をするのは何だと思いつつ、
それも安土へ越すまでのことだと自身に言い訳をして、
薬草を見繕い、
小弁に持っていくよう銀吾に言い付けた。
 以前銀吾は熱田の医家に養子に出ていて、
医術、本草の学びの徒だった。

 銀吾は祥吉と共に直ちに干しヨモギを持ってゆき、
湯桶に足を浸らせ、
血行の良くなるツボも教えたということだった。

 善い行いをしたはずであるのに、
銀吾、祥吉は何やら口数少なく寂し気に映り、
筆を持つ手も忙しい仙千代が何気なく、

 「どうした。手が遅い。
その調子では(はかど)らぬ」

 と(たしな)めると銀吾が、

 「兄上は虎松や藤丸、小弁にお優しいのですね」

 と書状の仕分けをしつつ漏らした。

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み