第357話 秀政の願い(1)涙

文字数 738文字

 「さても源吾。
(つま)が決まってしまった。
 あっという間、あっという間に……」

 仙千代自身、女人というものを知らず、
知っているのは親族や故郷の幼馴染以外となると織田家の姫君、
もしくは御内室、御側室といった方々であり、
他には高位の御女中のみといった案配で、
男女の仲の機微ともなると疎いどころか白紙であって、
重勝の主であるのに甚だ心もとない反応しか出されなかった。
 狼狽を隠しもしない仙千代に、

 「あっという間でしたな。
いやはや、仰る通り」

 重勝こそ、まるで他人事のような言い方をした。

 「如何すれば良かったのか。
如何すれば正しかったのか、儂は……」

 仙千代は気落ちし、口を結んだ。

 白熊の風合いを楽し気にしていた銀吾、祥吉も仙千代に倣い、
正しく座して静かになった。

 「御三人は寿いでくれぬのですか。
かくも貴重な白熊を上様は御下賜あそばされ、
縁組を祝ってくださった。
 皆様が左様な態度は奇異(おか)しゅうござる」

 意を決し、仙千代は言った。

 「室は生涯添い遂げるもの。
まして上様の御計らいとなればいっそうのこと。
 それがその娘御は、」

 「殿。仰いますな、それ以上。
 田鶴(たづ)
 良い響きではございませぬか。
 冬の田に餌を(ついば)む白鶴の姿が目に浮かぶようでござる。
 鶴は伴侶を喪って尚、一生相手を変えぬと言い、
誇り高き生き物にして、
田鶴なる娘の親の思いが滲んでおります。
 堀殿が心根の美人と断言なさった。
 それで充分でございます」

 と、そこへ思わぬ人が現れて、
それは堀秀政だった。

 突如やって来て、挨拶も無しに秀政は重勝の手を取り、
声をあげて泣き、

 「源吾!恩に着る。
この通り、この通りじゃ!」

 と、次には源吾に正対し、
あらためて半歩下がって頭を床へ擦り付け、
平伏しつつ、熱い涙を止めなかった。

 

 


 




 
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