第341話 山口座(5)勝丸の談③

文字数 602文字

 梅之丞に領国内での興行を保証する証文と
褒美の金子(きんす)を渡し終えた勝丸は小弁の姿を探した。
 農閑期である為、集客を見込んで朝と午後に演目は行われ、
合間に寺の裏手の軒下で座員達は食事をしたり、
次の演し物に備えたり、
または思い思いに寛いでいた。

 佐々清蔵は鷹狩り当日も警護に就いており、
信忠と行動を一にしていたから、
当然、小弁を観て、知っていた。

 清蔵が、

 「あれだけの台詞回し、歌、舞い、
笛の巧みさなれば、
破格の扱いを受けておるのであろうなあ、
山口座では」

 と大らかな口調で発した。
 佐々家は織田家中に於いて指折りの武辺の家風で、
現当主、成政に至っては、
身分を問わず諸国から腕に心得のある者を高給で雇い、
軍事訓練も非常に厳しく、
戦に出る前に兵が倒れてしまうのではないかと
冗談交じりに信長が感心半ばで苦笑をこぼしたことすらあった。
 そのような気風の家であったから、
成政と似て清蔵もまたかつての東国武士を彷彿とさせるかのような、
細かなことを気にしない伸び伸びとした性分の主だった。
 因みにその家風、気風を愛した信長は、
若年の嫡子、松千代丸を初陣の長島征圧戦で亡くした成政に、
敵将、大木兼能(かねよし)を預け、
成政も恩讐を越え、兼能主従を馬廻りとして重用している。
 清蔵はそのような伯父そっくりの気質をしていた。

 「して、勝丸、小弁は如何しておった。
あの年頃じゃ、
石投げや鬼追いでもして遊んでおったか」

 清蔵は長閑な想像をした。


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