第36話 熱田 羽城(7)加藤邸⑦

文字数 884文字

 
 「まずは元服じゃ。
それさえ済んでおらぬのに、
(つま)を迎える話をしても詮無い事」

 「はい」

 しかし信長はここまで話しておきながら、
結局、元服さえも曖昧にしたままだった。

 竹丸を大人にしたら、
次は仙千代ということになる。
 二人は良い組み合わせだった。

 また、竹丸も手離し難いが、
仙千代に至っては尚、信長の庇護心、
いや、執着が強かった。
 名のある家の出ではなく、
有力な縁戚が一人として居ない仙千代が、
家中に於いて別格の存在としてここまで来たのには、
ひとつは無論、本人の努力と才覚だが、
やはり主君の寵愛が何よりの後ろ盾だった。

 仙千代の前髪はまだ落とさせぬ……
仙千代は儂の傍に居なければ……
まだ今は……

 「上様」

 「む?」

 「仙千代のことをお考えでございましょう」

 閨房で竹丸が
自ら仙千代の名を出すことは珍しかった。
 いや、ひょっとして、
過去、数回あるや無しやというところだった。

 主の心中を読む(すべ)に長けておるのも、
度合いによりけりだ……

 流石に竹丸と内心舌を巻くと同時、
こうでなくては近侍は務まらぬ、
むしろ、あるべき姿がこれであって、
それが為、
武士に衆道は親和性があり、
僧侶、貴族の世界から伝播し定着したのだと言えた。

 「けしからん。主の心を盗み見るとは」

 信長の憎まれ口に竹丸は、
扇を煽ぐ手を休めてみせた。

 「蒸すではないか」

 「言い当てられて怒る真似をなさる上様、
まるで童でございます」

 「仕返しと申すか」

 竹丸が小さく笑んだ。

 以前の竹丸は賢さが先立って、
面白味に薄い(たち)だった。
 年若い男子の集まりであるだけに、
小姓達は荒っぽい遊びをしたり、
時には過分にふざけ合う。
 竹丸は孤立して、
傍観の立場を崩さなかった。

 それがいつしか冗談を言い、
どうかすると戯れる中に入っていたりする。
 
 いつからだろうと馳せてもみると、
仙千代、彦七郎、彦八郎の三人が岐阜へやって来た時と
符合していると思われた。

 信長は仙千代らを三人組だと見ていたが、
竹丸も三人には幼馴染であって、
四人組なのだと知って以降、
四人が互いに良い影響を与え合っている様を、
好ましく受け止めた。


 



 

 

 

 
 








 

 


 



 
 
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